17 最終話
このお話で最終話です。その次に、シグマ視点の番外編3、エピローグ、ゼータ視点の番外編4で完結です。
最後までお付き合い頂けますと幸いです。
「俺に、嬲られて死ぬか。『黄昏の琥珀』を飲んで、楽に死ぬか。どちらにする?」
心臓がバクバクする。
この瞬間を、覚悟していても。怖いものは、怖い。
「黄昏の琥珀」を飲めば、痛いことも、辛いこともなく、楽に死ねるのは、よく分かっている。
よく、分かっているのだ。
だけれども。
『姉ちゃん。ボクたちに、いきることを諦めて欲しくないって、いった。姉ちゃんも、これを飲むんじゃなくて。いきることを、諦めて欲しくない』
私は、子供達に生きて欲しい、幸せになって欲しいと、伝え続けてきた。
子供達は、それに応えてくれて、私に「生きることを諦めて欲しくない」と、気持ちを伝えてくれた。
ここは。子供達に手を伸ばした、私の。
私の、責任において。
頑張って、子供達に、応えなければならない。
震える手で、ネックレスの小瓶を握る。
「……わ、私は。シグマ先輩に、敵わなくても。最後まで、抵抗、します……!」
風にたなびく金色の髪が、満月の光に照らされてキラキラと光を反射する。
シグマ先輩は、嬉しそうに。綺麗に笑った。
先輩に時間をもらって、ネックレスに付けてある2つの小瓶のうち、黄昏の琥珀ではない、子供達が作ってくれた方の薬の小瓶を開ける。怖くて最後まで「黄昏の琥珀」を手放せなかった私に、子供達が持たせてくれた、もうひとつのお守りだ。
震える手を押さえながら、子供達の薬を。気持ちを。何とか飲み込んだ。
仄かに四方のランプが光る中、屋上で先輩と距離を取りながら向かい合う。
息を吸って、吐いて。構えを取った先輩に、意識を集中する。
「俺が教えてきた、成果を見せてみろ」
ニヤリと笑った先輩は、殺気を乗せて向かって来た。
追加訓練の時よりもよほど早い攻撃を、度々掠りながらギリギリで避ける。
「もっと早くするぞ」
殺気を金色の瞳に乗せた先輩が、楽しそうに、攻撃にスピードを乗せてくる。
避けきれずに、一発、二発、三発と攻撃を喰らうが、当たりが軽い。崩れた体勢を整え直して、再びシグマ先輩と向き合う。
「アイツらの薬は中々なものだな。俺と相対する時にお前が一番耐えられるように、お前の身体に合わせて、痛覚麻痺、鎮痛、体力筋力増強を処方している。恐怖を麻痺させる成分も少し入っているか? 甘っちょろいお前を、よく分かっているな」
今まで、素手で攻撃してきた先輩が、ナイフを取り出し、手の中でクルリと回した。
「面白い。もっと、俺を楽しませろ」
先輩が、殺気を放ちながら、遊ぶように、じゃれるように、攻撃を仕掛けてくる。
避けきれなくてあちこち裂けるが、やはり、浅い。
「すぐに終わったら、面白くないだろう。お前の体力が尽きるまで、一緒に遊んでくれ」
シグマ先輩が。逆光を背負って、綺麗に笑った。
「はっ……、はあっ……」
先輩に散々遊ばれて、あっという間に体力が尽き、意識がぼんやりとし始める。切り傷であちこちに血が滲み、打ち身と青あざも無数にあるが、まだ深い傷は負っていない。
「そろそろ限界か? もっと、遊んで欲しいんだがな?」
殺気を振り撒きながらも楽しそうな先輩が、私の上に馬乗りになり、そっと私の首に手をかける。
「俺と遊ぶ元気が無くなったなら、これからは嬲る時間だ。簡単に死なせはしないから、もっと俺と遊んでくれ」
首にかかった手に、少し力が入った、その時。
鈍い音がして身体の上に乗っていたシグマ先輩が吹き飛んだ。
代わりに支えられた、力強い腕の温もりは。ずっと慣れ親しんできた、愛しい体温。
シータが膝を着きながら片腕で私を支え、ゼータとシータが、庇うように目の前に立っていた。
「姉貴、本当、危機感無さ過ぎじゃねえ? ホイホイとシグマ先輩に着いていくんじゃねえよ」
「そこが、姉さんの良い所というか、悪いところというか……」
「姉ちゃん。怪我、たくさんしてる。痛い……?」
寝つかせたはずの子供達が。今、ここにいる。
「お前達、よくここが分かったな」
「当たり前ですよ。いつもと動きの違う先輩に、施設で普段暗いはずの屋上に灯りが灯されてるんだから」
灯りひとつで、誰も知らないこの場所を見つけてくれる。
さすが、総合エリート科で頑張ってきた子供達だ。
「姉貴を。手に掛けようと、してたということは」
「義兄弟の誓いに則り、僕達がシグマ先輩を始末しても、良いという事ですよね」
子供達が、普段感じた事の無い強い殺気を纏う。
「お前達。ファイを嬲り殺す前に、ここを見つけられたのは及第点だ。さあ、義兄弟を殺そうとした俺を、どうする? お前達の、卒業試験だ」
風を切る音と、鈍い音が絶えず響く。
私は、シータに抱き込まれながら、片手で視界を塞がれて。見ることは出来なかった。
「シータ。ゼータとエータは大丈夫なの? シグマ先輩は、強いんでしょう?」
「シグマ先輩は、強いよ。でも、今はボク達、一人ひとりが、シグマ先輩より、強いんだ。それは、シグマ先輩も、知ってる」
子供達、一人ひとりが。今は、シグマ先輩よりも、強い。
「姉さん、あなた達が大好きで、愛してるよ。でも、あなた達が暗殺者になる足枷になってるのは、知ってるの。自分がした事は分かってるし、責任は取りたいよ。せめて、見届けたいから、手を離してくれる……?」
「ボク達、話し合って。シグマ先輩を壊すのを、姉ちゃんには見せないって、決めたんだ。姉ちゃんは、荒事には向かないから、手は離せない。ボクは、姉ちゃんよりも力が強いから、手を退かすことはできないし、見ることは、あきらめて。ボクは防御で、守りだから。ここで、姉ちゃんを、護るよ」
視界を塞がれたまま、時々シータが刃物を弾く音が聞こえる。
「シグマ先輩。生きている限り、姉ちゃんを狙って来る。暗殺者を、続けられないくらい。姉ちゃんを始末しに、来られないくらいに。壊すよ」
ひとを壊す鈍い音と、くぐもった呻き声が、絶えず聞こえる。
「姉ちゃん。怪我もいっぱいしてるし、あとはボク達に任せて、眠っておいて。目が覚めたら、怖いことは、全部終わってるから」
私を抱き込んでいる腕に、ぎゅっと力が入り。優しいシータの声と共に、首元に衝撃を感じて。
私の意識は、暗闇に落ちた。
* * *
目が覚めた時には全てが終わっていて。私は、子供達に手当をされてベッドに寝かされたまま、事の顛末を教えてもらった。
「僕達ね、元々姉さんが施設を卒業して、暗殺者になれるとは思って無かったんだ」
「姉貴が卒業する前に、シグマ先輩が姉貴を始末しに来ると思ってたんだよな」
「ボク達。姉ちゃんを狙ったシグマ先輩と戦って、共倒れ、した事になってる」
子供達は前々から、シグマ先輩が私を襲って来たタイミングで、暗殺者訓練施設を出る準備をしていたらしい。
シグマ先輩に襲われた私は死亡。
義兄弟の誓いに則り、相対した子供達と先輩は相打ち。
暗殺者訓練施設の施設長を脅して、その手続きをさせたらしい。
「施設長を脅すって……そんなに簡単に出来ないでしょ。総合エリート科なら、何とかなるものなの?」
「ボク達、3人で。手続きしなきゃ、死ぬまで追いかけて、暗殺しに行くって。脅した」
ああ……、シグマ先輩よりも強い子供達3人に詰め寄られて、頷くしか出来なかった訳だ。
施設内では、暗殺も死も日常で罪に問われない。手続きも難しくは無かったのかもしれない。
「シグマ先輩は……? どうなったの?」
「好き」だと、言った先輩。
「殺す」と、言った先輩。
最後に見た、綺麗な笑顔を思い出す。
子供達が、困ったような、苦いような顔をする。
「義兄弟の誓いは、隠し事はしないよ。全部、教えて」
3人は、一度顔を合わせて、言いにくそうに口を開いた。
「シグマ先輩は、二度と姉さんを襲えないように、徹底的に壊したよ」
「怪我が治ったら、ギリギリ、日常生活は出来ると思うけど。戦うことや暗殺者の動きなんか、二度と出来ねえように、した」
「先輩、暗殺、キライ。暗殺者に、なりたく無さそうだったから。これで、暗殺、やめられる」
「……シグマ先輩が、暗殺が嫌い?」
「ああ。暗殺というか、ひとが死ぬの。キライらしいぜ」
「先輩。痛ぶるのも、嬲るのも、好きなのに。暗殺は、キライ」
シグマ先輩は、暗殺者になりたく無い。暗殺が嫌い。いつも施設のエリートで、優秀な暗殺者になると誰もが思っていたのに。そんな彼の気持ちを、初めて知った。
「……シグマ先輩。姉さんに手を出して、僕達が助けに来たら。自分が負けることを、知ってたんだ」
「俺達が、姉貴を連れて施設を出る準備をしてること。多分バレてて」
「シグマ先輩。ボク達を暗殺者にしないと、シグマ先輩も暗殺者ギルドに、所属しないことに、なってて」
「先輩が姉さんを手にかけて、僕達と先輩が暗殺者になるか。先輩がいなくなって、僕達と姉さんが施設の外に出るか。この2択しか、無かったんだ」
子供達が、俯きながら、言いづらい事を教えてくれる。
先輩は、私を屋上に誘った時。何を思っていたのだろうか。
一緒に紅茶を飲みながら、教えてくれた思い出話は。
私の命を奪う前に教えてくれた、彼の秘密の話ではなくて。自分がいなくなるから、覚えていて欲しかった大切な思い出で。
大事そうに食べていた、お気に入りのクッキーは。
私の命を奪うから、食べられなくなるクッキーを惜しんでいたのではなくて。自分がいなくなるから、最期に食べたかった一番好きなもので。
彼の「好き」を教えてくれて、「ありがとう」と言ってくれた、あの笑顔は。
私の命を奪うから、その前に伝えてくれた感謝ではなくて。自分がいなくなるから、最期に伝えてくれた、彼の気持ちで。
彼の、人生最期の打ち明け話で、最期の晩餐で、お別れのつもりだったのか。
もう一度、シグマ先輩の綺麗な笑顔を思い出す。
私を殺すのでは無く。自分が、死ぬつもりだったんじゃないか……!!
ボロボロと、涙が溢れる。
私はずっと、殺される覚悟をしていたのに。
シグマ先輩は、いつから自分の方が、死ぬ覚悟をしていたのだろう。
「ああ……だから、姉さんには話したく無かったのに」
「姉貴! シグマ先輩、死んでないから! 怪我が治ったら、施設の外に出られるから!」
「先輩。もう戦えないけど、暗殺者にならなくて済む。先輩の、望みどおり。生きられる」
「……先輩の、望みどおり……?」
私の涙を服の袖で拭いながら、3人が頷く。
「あの施設は、死にかけたり、暗殺者として使い物にならなくなったら、怪我を治してから平民として、施設の外に出すんだ」
「先輩。これで、暗殺者にならずに生きていけるんだぜ!」
「ボク達、いっぱい、考えた。姉ちゃんが、生きていける方法。姉ちゃんと、生きていける方法。姉ちゃんが、一番喜ぶ、方法」
もうすでにボロボロ泣いてるのに、更にブワッと涙が溢れてきて。視界がもう役に立たない。
先輩が。望みの通りに、生きられる。
子供達が、私と、私達の幸せを。一生懸命考えて、掴み取ってくれた。
嬉しくて、愛しくて、大好きで。
心の中が、幸せでいっぱいで、ぐちゃぐちゃだ。
私を覗き込んで、心配そうにオロオロしている、大きくなった子供達を。
目一杯、両手を広げて。
力一杯、抱きしめた。
シグマが、ファイを始末するのではなく、どうするつもりだったのか。子供達との関わりや成長のほか、そこも読んで欲しいお話でした。この次、シグマ視点のお話も合わせて、彼の想いをなぞっていただけますと幸いです。




