15 最後の一年
クシーが暗殺者訓練施設から居なくなり、私も毒殺科の訓練以外の時間を子供達の部屋で過ごすようになってから、あっという間に3年が経った。
私は未だシグマ先輩に生かされており、毒殺科の訓練の後に追加訓練を受けたり、クッキーを作って渡したり、先輩が熱を出したら看病に顔を出したり、大きく変わらない毎日を過ごしている。
しかし、毒殺科訓練施設は、この世界で成人となる16歳で卒業で、その後は暗殺者ギルドに所属する事となる。
私を始末するのなら、この施設にいる間が一番効率が良いはずなので、遅くとも卒業までにはシグマ先輩との決着がつくはずだ。
ちなみに、私の4歳年上のシグマ先輩は今も暗殺者訓練施設にいるが、16歳で一度総合エリート科を卒業した後、3人の育成のために指導者として施設に残っている。
今この国は戦争も内乱も無いので、暗殺者ギルドも人員的に余裕があるのかもしれない。
私が始末されずに施設を卒業できる確率はとても少ない。むしろ、8歳で始末される覚悟を決めたのに、16歳まで生き残れた事の方が奇跡なのだ。
お昼の食堂で待ち合わせをしていて、子供達が少し遅れてやって来た。
3人の登場に、混雑した食堂にいる皆の視線が集中する。
それもそのはずで、13歳になった子供達は、背が伸びて立派になった。
肩より少し長めの青緑の髪をひとつに結んで、キラキラとした翠色の瞳を持つ、ゼータ。
私よりも頭ひとつ分背が高くなり、少年らしさを残しつつ厳しく訓練されたその身体は引き締まっている。中肉中背、明るくて男の子っぽいやんちゃな表情をするものの、顔立ちは整っている。
肩まであるサラサラの水色の髪に、深い蒼色の瞳、シータ。
ゼータと同じく私より頭ひとつ分背が伸びて、中肉中背、上着の上からでも厳しい訓練で身体が引き締まっているのが分かる。相変わらず表情の動きは少なめで言葉もポツリポツリと話すのだが、それがまたキレイな見た目と共に神秘的な雰囲気を醸し出している。
紫色のふわふわの短い癖っ毛に、澄んだラベンダー色の瞳、エータ。
ゼータやエータより少しスラリとした体格だが、同じく日々の訓練で筋肉がつき、しっかりと引き締まっている。整っている顔には知的な印象が増し、加えてふわふわの紫の髪や瞳、左目の泣きぼくろに、13歳ながらも若干色気が滲み出てきた。
3人共見た目もスタイルもいい上に、長年厳しい訓練を耐え抜いて来た総合エリート科の風格を纏っていて、何かもう、すごい感じだ。
子供達……いや、もう子供と言っていいのか……? 彼らはこの数年でも眩しいくらいにカッコよく成長して、とても姉として誇らしい気持ちと同時に、小さい頃の彼らが少し懐かしくもなる。
つい昨日までは、私の両腕で3人一緒にぎゅっと出来たような気がするんだけどな。今はもう大きいから難しいかな……。
それでも、ここまで立派になった姿を。
髪もボサボサで痩せていた小さな子供達が、強くてカッコよくて大きくなった姿を。
始末されずに見ることができている毎日に、感謝でいっぱいだ。
そして、もうそんな彼らを見ていられる時間はそんなに残されていないはずなので、その日が来るまでは。
子供達の一挙一動を目に焼き付けて、目一杯可愛がって愛情を注ぐのだ。
「姉貴、またロクでもない事考えてるだろ」
軽く握った手でポコンと頭を叩かれて上を見上げると、呆れ顔の3人がいた。
「そんな、遠くを見るような目で俺達を見てないで、目の前の俺達をしっかり見ろよ」
「姉さんの心配事は、僕達が全部何とかするから」
「ボク達、姉ちゃんよりも大きくなった。姉ちゃんを守れるし、何でもできるよ」
強く、大きく、逞しくなった。
「楽しい」や「嬉しい」や、幸せな感情も沢山覚えて表情も豊かになり「悲しい」や「辛い」ような負の感情も、自分なりの処理の仕方を覚えてきた。
身体が大きくなったと言っても、13歳なんてまだまだ子供だが、割と彼らの成長に満足もしている。
人間らしさを取り戻した彼らは、施設を卒業して暗殺者ギルドに所属したとしても。自らの意思で自分の生きたい道を選び取れると、信じることが出来るのだ。
「姉ちゃん。また、先の心配、してる」
「腹が減ってると、マイナス思考になるからな! メシ食お、メシ!」
「待たせちゃってごめんね、姉さん。今日は姉さんの好きなメニューだよ。僕達が姉さんの分も持ってくるから、ここで待ってて」
小さい頃から毎日一緒にいる総合エリート科には、隠すことが苦手な私の考えなんて全てお見通しだ。何にも言わないうちに、見透かされてフォローされる。
瞬く間に食事を取りに行った彼らの背中を見送りつつ、茶色の平凡な毒殺科は、ただただ食堂の席で総合エリート科の3人の弟達を見つめることしかできなかった。
毒殺科の訓練が終わった後は、寝る以外のほとんどを3人の部屋で過ごしている。
相変わらず、初めて食べた「美味しい」は譲れないようで毎日スープを作り夜ご飯を一緒に食べるのだが、小さな子供の頃と同じようなお世話を大きくなった彼らにするには、判断に迷うし悩みどころだ。
「姉さん。姉さんに、傷の手当て。して欲しいな」
わざとなのか素なのか、あざとい角度に首を傾げて小犬が甘えるような表情で、エータがお願いしてくる。
「エータ、いつも言ってるけど、あなた達は13歳、私は16歳。そろそろ、3人お互い同士で手当てをしたら……」
「姉貴に手当てしてもらう方が良いに決まってんじゃん!」
「姉ちゃんの手当て。温かくて、好き」
そう、お風呂上がりの彼らが、子供の頃からの習慣で傷の手当てをねだってくるのだ。
私だって、早朝から丸1日、訓練を頑張った彼らの手当てはしてあげたい。だが、しかし。手当てをするという事は、布面積が、少ないという事で……!!
日々の厳しい訓練で、鍛えられた胸板。割れた腹筋。手当てとは言え、間近で彼らの素肌を直視するには、そろそろ限界だ。刺激が強すぎる。
「あなた達がカッコよすぎて、姉さん、そろそろ犯罪してる気持ちになるよ……?」
「ははっ、面白いこと言うよね、姉さん。ここじゃ人が死んでも罪にはならないのに」
「運動場でも、戦闘科の男共がよく上脱いでるだろ」
「ボク達、男だから、大丈夫」
大丈夫じゃなーいッッ!! と心で叫びつつ、心を無にして手当てをする毎日である。
もうひとつ考えものなのが、彼らが未だに寝つかせをせがんでくることだ。
「もう3人とも、目を瞑れば寝られるよね……?」
「姉貴の膝と歌とトントンは、手放せねえよ」
「姉さんに寝つかせてもらうと、寝つきも睡眠の質も断然良くて……」
「姉ちゃん……ダメ?」
く……っ!! 大きな身体をして可愛いことを言ってくる子供達に、断る術は、ない。
この年齢でどうなんだろうなー、と思いながら手当てをしつつ、寝かしつける毎日だ。
でも、こんなことを出来るのも、多分もうそんなに長く無い。私がいなくなった後も、一緒に過ごした時間が良い思い出になっているといい。
そう思うと、ついつい全力で甘やかしたくなってしまうのだ。
毒殺科の訓練の後、屋外の運動場でシグマ先輩の追加訓練を受ける。
今は、複数人からの攻撃を最小限の動きで避ける訓練が中心で、子供達が手伝ってくれていた。
3人同時の攻撃を、見極めて、避ける。
「姉さん、上手!」
軽やかに次々と手足を使って攻撃しながら、エータが誉めてくれる。もちろん、ものすごく手加減してくれているのを知っている。
連続の攻撃に、足の筋肉が持たなくなり、もつれて体勢を崩す。
シータの攻撃が顔前に迫ると思いきや、ポコンという軽い衝撃がおでこに当たり、ゼータに倒れそうになったところを片手で受け止められた。
あんなにスピードを出して拳を振るっていたのに、素晴らしい力加減と連携だ。さすが、総合エリート科。
「中々様になって来たじゃないか」
「僕達の攻撃をこれだけ避けられたら、よほどの相手じゃなければ大丈夫だよ!」
「3人がかりだったのに、姉貴! すげえな!」
「姉ちゃん。強くなった、すごい」
みんなが誉めてくれて嬉しいけど! とっっっても、手加減されている身としては、何だか釈然としない。
嬉しいような、悔しいような気持ちで、総合エリート科達を見つめた。
日が暮れて夜の帳が下りはじめ、雲の無い空には満月が輝き始める。
大きくなった子供達と、軽口を言い合うシグマ先輩の声が、人気が無くなり暗くなった運動場に賑やかに響く。
こんな日々が、一日でも長く続いたらいいな、と。この光景を、目に、心に、焼き付けた。




