14 ひとりの部屋
昨夜は結局、私を殺すはずのひとの胸でひとしきりわんわんと泣き、少し落ち着いてから部屋に送り届けてもらった。シグマ先輩のインナーをびしゃびしゃにしてしまったのは、本当に申し訳ない。
しかもよくよく思い出せば、17歳男子の毎日鍛えられた胸板をお借りして、女子としてもお恥ずかしいことこの上ない。13歳って、年頃の女子だっけ? どうだったっけ? 前世の記憶が混じってるとよく分からない。
シグマ先輩にひとしきり迷惑をかけて部屋に入ると、当然のことながら、朝、毒殺科の訓練に部屋を出た時のままだった。
クシーが使っていた、布団の少し乱れたベッド。
クシーが使っていた机と、毒殺科の教材。
クシーが使っていた、服や上着や装備。
彼女は少し大雑把だったから、彼女が使っていたどこを見ても生活感が溢れていて。もうここには二度と帰って来ないんだと、にわかには信じられなかった。
クシーが居なくなってひとの気配の無くなった暗い部屋で、また少しだけ泣いてしまったのは内緒だ。
先輩に多大に迷惑をかけて散々泣いたので、一晩明けて少しだけ立ち直り、今日の毒殺科の訓練に行こうと部屋の扉を開けた所で。
「……姉貴」
「……姉さん」
「姉ちゃん」
子供達の声が、扉のすぐ横から聞こえてきて驚いた。
扉の外。子供達が左右に分かれ、壁にもたれて座っている。驚きながら声をかけた。
「ちょっと、いつから居たの……? 早朝訓練は……!? どうしたの……??」
子供達がのそのそと立ち上がり、あまり変わらない身長で私と目を合わせた。
「姉貴。昨日、何で俺達の部屋に来なかったんだよ」
「早朝訓練で、シグマ先輩に昨日の事を聞いて。屋外訓練から帰ってきた僕達を気遣ってくれたのは分かるけど、姉さんの力に、なりたかったのに」
「姉ちゃん。遠慮、だめ。ボク達、姉ちゃんが一番。姉ちゃんに、頼って欲しい」
子供達が、心配そうな、泣きそうな顔で。どんな時にも一番に頼って欲しいと、伝えてくれる。
「……それを、言うために……ここで、待っててくれたの……?」
翠、ラベンダー、蒼色の。私に向けられた、彼らの真摯な瞳を見つめ返して。
「……ごめんねぇ……」
それ以上、何も言えず。
また、溢れてきた涙を抑えられずに、3人を抱きすくめた。
「姉ちゃん、ほっぺ、痛い……?」
「シータ、ありがと。痛く無いよ」
「姉さん。今日は僕達がスープも他も、全部やるから。姉さんはゆっくりしてて」
「姉さん、疲れてる訳じゃないからやるのに……ありがとう」
子供達が全力で甘やかしてくれる。
気を使ったつもりで気を使わせて。空回りしてるようで、とても申し訳ない。
ぎゅうっと抱きついて来たゼータが、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「姉貴。シグマ先輩の匂いがする」
眉を顰めて、もう一度くんくんされる。
エータとシータもやって来て、同じように匂いを嗅がれる。中型犬達にじゃれつかれてるような気分だ
「……本当だ」
「いつもは、姉ちゃんの匂いと、薬の匂い、だけなのに」
続けて、エータとシータも渋い顔をする。
「姉貴。男の部屋に行っちゃダメだぞ! 何があってもだぞ!」
「先輩が姉さんに何もしなかったから良かったものの……いや、良くないから……! 姉さんは、まず僕達の所に来なきゃだめだよ……!」
「ボク達、先輩より、強くなるし。早く、大きくなるから」
子供達に心配をかけて。
早く大きくなるから頼って欲しいなんて言わせて。
むしろ、頼りない姉さんで、申し訳ない。
「早く、大きくならなくて、いいよ。ゆっくりで、いいよ。あなた達の成長全部が、姉さんの楽しみなんだから。子供のあなた達も大好きだし、大人になったあなた達も楽しみだし。早く大きくなっちゃうと、姉さん、寂しくなっちゃうよ」
私は、大人になった3人を見られるかな。
多分、とてもカッコよくなるだろうな。
そこまで、生きられれば、いいな。
ちょっとは頑張ってみようかな。
もし、その時が来たとしても。
密かにそんな気持ちが。勇気が。胸の奥から芽生えてきたところで。
「姉貴。そう言えば、姉貴を殴ったヤツ、どうなったんだよ?」
「シグマ先輩が吹っ飛ばして動かなくなってたけど……。そのまま置いて来たから、分からないわ」
「度々、戦闘科は。姉さんに手を出して来るよね」
「戦闘科、つぶす?」
いやいやいや、戦闘科を潰してはいけないだろう……!?
「確か、戦闘科で一番強いの、アイツだよね」
「俺達3人でかかれば、勝てなくはないぞ」
「面倒くさいから、もう、つぶそっか」
可愛い子達が、とても物騒な話をしている。
「あのね、戦闘科、潰したらマズイと思うから。あの時はちょっとぼんやりしてただけで、姉さん、もう戦闘科にやられないから。潰すのは、やめよ?」
3人が、納得のいかない不満げな顔をする。
次に私が怪我をしたら、今度こそ子供達が戦闘科を潰しに行くかもしれない。これでもう二度と、負けられなくなった。
「ところで、姉さんは僕達が寝た後、ひとりの部屋に帰るんだよね?」
エータから聞かれて、言葉に詰まる。
そうなのだ。いつもクシーがいた部屋で、ひとりで過ごさなければならないのだ。
「姉さんは、部屋に帰ってからどう過ごしてたの?」
「えっとね……? お風呂入って、毒殺科の予習復習をして、時々シグマ先輩のクッキー焼く感じかな……?」
「それなら、俺達が寝た後で、ここでやればいいんじゃね?」
「ボク達、寝た後に姉ちゃんが色々してても、寝てられる。むしろ、姉ちゃんの気配があると、安心する」
そっか。私も、ひとりの部屋は寂しくて、中々慣れそうもないし、寝に帰るだけにしても良いのかもしれない。
暗殺者訓練施設の決まりとして、他のひとの部屋に泊まる事はできないのだ。
「そうしようかな。姉さんの私物を、この部屋に色々持ち込んで良い?」
「もちろんだよ、姉さん」
「何か、どんどん本物の家族になっていく感じだな」
「姉ちゃん、寂しくないよ。ボク達がいるよ」
私の、家族は。温かさは。ここにある。
また泣けてきたので、子供達を捕まえてベッドに転がしてみる。
キョトンとしてされるがままの3人に、とりあえず、宣言した。
「姉さんだけ。また朝からひとり、泣き顔を見られて恥ずかしいから、あなた達をくすぐりまくって、泣かしていい……?」
「少しは、立ち直ったか?」
シグマ先輩との、追加訓練の日。
この前は醜態を晒しすぎて、この日が来るのが気まずかったが。シグマ先輩がクッキー欲しさに定期にしたので、私の気持ちは置いておいて、無情にもその日はやって来た。
「この前は、お手間をおかけしてすいませんでした。もう、そこそこ大丈夫です」
「お前は、ゆっくりと育てて来た俺の獲物だからな。嬲るのも、痛ぶるのも、俺だけの特権だ。戦闘科なんかに手を出されてたまるか。ぼんやりしてても反射的に返り討ちにできるくらい、その身に叩き込んでやる」
「いや、その貧弱さじゃあ叩き込むのは無理だな……どうしたものか……?」と、片手を顎に添えながらブツブツと言っている。そんなシグマ先輩を運動場の隅から睨む子供達の視線も、いつもの3割増しは恨みがましくて。心の中で本当にごめんと謝っておく。
今日は、シグマ先輩に迷惑をかけた分。クッキーをいつもの2倍焼いて来た。
先輩との訓練は、少しだけ手加減されていて。私を始末しようと思っている相手にすら気を使われていて。
クシーのことは、忘れられないし、乗り越えられないけど。
取り繕えるくらいの強さは、身につけたいと思った。




