第89話:新世界の法
大教会が解体され、偽りの救世主たちが世界の果てへと去った大陸に、混迷と、それ以上に巨大な変革の足音が響いていた。人類諸国がこれまでの価値観を見失う中、平和特区『ベルンシュタイン・サンクチュアリ』の玉座の間へと、一人の男が歩みを進めてきた。
魔王ゼノス。 かつて人類から絶対的な悪として恐れられ、私と「ある約束」を交わした魔族の王だ。
「見事な手際だったな、アリシア。まさか大教会の概念ごと、この世界の歪みをすべて断ち切ってみせるとは」
ゼノスは不敵な笑みを浮かべながらも、その瞳には私への深い敬意を宿していた。彼は私の前に辿り着くと、自身の頭上に戴いていた禍々しくも厳かな「魔王の王冠」を外し、静かに傍らの机へと置いた。
「かつて交わした盟約を果たしに来た。私は今日を限りに魔王の座を降りる。そして、我が魔族の未来と、これからの世界を統べる全権を、お前に託そう」
「ゼノス……。本当にいいのね?」
「ああ。お前が示した『誰も犠牲にしない支配』。人類も魔族も、等しくお前という絶対的な存在の前に平伏し、それゆえに争うことすら許されない世界……それこそが、双方が血を流さずに共存できる唯一の答えだ。お前なら、この歪んだ世界の法を正しく書き換えられる」
私は頷き、ゼノスの意志を受け継ぐようにして、用意していた一枚の羊皮紙を広げた。そこには、私が新たに定めた新世界の秩序が刻まれている。
「――本日を以て、新世界の法を正式に発効する」
私の声が、精霊通信を通じて大陸全土、そして魔界の隅々にまで響き渡った。
『第一条。人類、亜人、ならびに魔族は、個々の種族としての特権を廃し、世界管理者の元において等しく対等な存在とする』 『第二条。種族間の差異を理由としたあらゆる侵略、弾圧、ならびに排斥行為は、新世界の法に対する反逆とみなし、管理者の力によって即座にその存在を消滅させる』
それは、これまでの「人間が魔族を討つ」という偽りの正義の連鎖を断ち切り、誰もが悪役にされることのない、真の意味で対等な共存を強制する絶対的な法だった。
「誰も犠牲にしない。誰も取り残さない。私の支配の元で、新しい時代を生きなさい」
発効された新たな法は、大陸全土に驚きと、そして確かな平穏の光をもたらした。人間と魔族が手を取り合い、対等に生きるための新時代が、今、私の手によって正式に幕を開けたのだった。




