第90話:黒衣の救世主
平和特区『ベルンシュタイン・サンクチュアリ』の最上階。新世界の最高指導者の部屋の鏡の前で、私は新しい衣装の袖に腕を通していた。
かつての禍々しい魔法少女衣装でも、旅を続けた魔女の外套でもない。それは、魔王ゼノスから世界の法を託された証――深く厳かな漆黒に、金の刺繍が施された魔王軍の軍服だった。
かつて前世で、私は白金の衣装を纏い、人々の歓声を浴びながら「正義の味方」として戦っていた。しかし、その光の裏で裏切られ、孤独の奈落へと突き落とされた。今の私は、人間たちから見れば恐怖の象徴である「黒衣の支配者」かもしれない。
だが、軍服の襟を正し、鏡に映る自分の瞳を見たとき、そこには冷徹な魔女の影はなかった。
「……ふふ、案外、悪くないわね」
その瞳に宿っていたのは、前世のあの頃に抱いていた、純粋に「誰もが傷つかない世界を創りたい」と願った、本当の正義の味方としての優しく、澄んだ光だった。形は変わってしまったけれど、私はようやく、あの頃の自分を肯定し、本当の意味で世界を救うことができたのだ。
「お姉様! 準備はよろしくて? 皆がお待ちかねですわ!」
扉が勢いよく開くと、豪奢なドレスに身を包んだリリスが嬉しそうに顔を出した。その後ろからは、いつものように呆れた顔をしたルナリエが続く。
「こら、リリス。アリシア様のお部屋に勝手に入るなど不敬ですよ……。ですがアリシア殿、その軍服、息を呑むほどにお似合いです」
「ありがとう、二人とも。さあ、行きましょうか」
私が微笑みながら部屋を出て、サンクチュアリの中央広場へと向かうと、そこには溢れんばかりの笑顔が広がっていた。
広場では、人間も、亜人も、魔族も、種族の垣根を越えて一つの大きなテーブルを囲み、新時代の到来を祝う宴を開いていた。そこには、これまで私をどんな時も信じ、支え続けてくれた大切な家族や仲間たちの姿があった。
「アリシア、こっちだ! お前の大好きな料理をたくさん用意しておいたぞ!」 前魔王ゼノスが、上機嫌に酒杯を掲げて笑っている。
「アリシア様、新しい世界を創ってくださり、本当にありがとうございます!」 集まった特区の民たちが、親愛と敬意に満ちた瞳で私に手を振る。
かつて裏切られ、すべてを失い、孤独に震えていた魔法少女・聖良。 血の滲むような復讐の旅路の果てに、私が手に入れたのは、力による破壊ではなく、この温かな絆に満ちた景色だった。
「ええ、今行くわ!」
私は黒い軍服をなびかせながら、大切な仲間たちが待つ輪の中へと歩み寄った。私の顔には、偽りのない、心からの幸せな笑顔が咲き誇っていた。
形を変えた黒衣の救世主は、最高の仲間たちに囲まれ、今度こそ本当の幸せを掴み取ったのだ。新世界の夜明けの光が、彼女たちの未来をどこまでも明るく照らし出していた。




