第87話:最悪の刑罰
「殺すなら……一思いに殺しなさいよ……っ!」
すべてを奪われ、床に這いつくばったままの美咲が、かすれた声で恨みがましく私を睨みつけた。シオンとミチルは、これから下されるであろう凄惨な拷問や公開処刑の恐怖に怯え、「命だけは……!」と何度も床に額を打ち付けて涙を流している。
彼女たちは、かつて自分たちが私に与えた絶望以上の「死の恐怖」が、今度は自分たちの身に降りかかるのだと確信していた。
しかし、私は冷たく微笑み、静かに首を振った。
「勘違いしないで。貴方たちを処刑するつもりなんてないわ。そんな派手な舞台、貴方たちにはもう過分すぎるもの」
「え……?」 シオンが涙に濡れた顔を上げ、呆然と私を見つめる。
「貴方たちに下す判決は一つ。――大陸の遥か北の最果て、凍てつく辺境の開拓村への終身追放よ」
私の宣告に、三人は言葉を失った。
「そこで貴方たちは、偽りの名前を与えられ、ただの『その他大勢』の開拓民として生きてもらうわ。朝早くに起きて泥にまみれて畑を耕し、夜になれば疲れ果てて眠る。日々、生きるためだけに質素な食事を摂り、誰に褒められることも、誰に注目されることもない。そんな平穏で、最高に退屈な余生を過ごしなさい」
「な……、何よそれ……!? 私に、そんなただの村人として生きろっていうの!?」 美咲の顔が、恐怖とは違う別の戦慄で激しく引きつった。
死罪でもなく、拷問でもない。ただの、どこにでもある退屈な日常。 しかし、これこそが彼女たちにとって「最悪の刑罰」だった。世界の中心でスポットライトを浴び、他者を見下し、賞賛を貪ることでしか自らの存在価値を証明できなかった承認欲求の塊たち。そんな彼女たちから「特別であること」を奪い、誰からも無視される「普通」の檻に閉じ込めること。
「名前も、名誉も、過去の栄光もすべて置いていきなさい。貴方たちがどれだけ『私はかつての聖女だ!』と叫んだところで、辺境の民は誰も信じないし、興味すら持たないわ。ただの『少し頭のおかしい、新入りの開拓民』として扱われるだけよ」
「嫌……! 嫌よそんなの! 私を見て! 私を特別だって言ってよォッ!!」 美咲が狂ったように叫び、床を掻きむしる。
「私の世界に、貴方たちを輝かせるスポットライトはもう二度と灯らないわ。……連れて行きなさい」
私の合図とともに、魔王軍の兵士たちが容赦なく三人を取り押さえ、引きずっていく。誰も注目してくれない、名前のない世界の底へと沈んでいく裏切り者たちの絶叫は、謁見の間の重厚な扉の向こうへと虚しく消えていった。




