第83話:誰も犠牲にしない支配
「理屈はもう十分よ、美咲」
私が静かに告げると同時に、魂の底から溢れ出た深淵の魔力が、波紋のように『忘却の丘』全体へと広がっていった。 それは世界を滅ぼすような暴虐の嵐ではなく、すべてを等しく包み込む、夜の闇のように静かで優しい広がりだった。
どす黒い怨念を撒き散らしていた美咲の魔術が、私の深淵に触れた瞬間、音もなく溶けるようにして消えていく。
「何よ……これ、何をする気よ……っ!」 美咲はその絶対的な闇の圧力に押し潰されそうになりながら、歯をガタガタと鳴らした。
「貴方は、悪を作り、誰かを犠牲にしなければ世界はまとまらないと言ったわね。……なら、見せてあげるわ。私の創る新世界のルールを」
私はゆっくりと、絶望に震える彼女へと歩み寄る。
「誰も犠牲にしない。誰も悪役にしない。その代わり――すべての者が、私の圧倒的な力の前にただ平伏する。それが私の提示する、絶対的な力による支配よ」
私の放つ魔力は、この場にいる美咲だけでなく、精霊通信網の残滓を通じて大陸全土へと静かに染み渡っていった。世界中の人々が今、肌を刺すような絶対的な「恐怖」と、同時にあらゆる闘争の意志を削がれるような奇妙な「平穏」を同時に感じ取っていた。
あまりにも強大すぎる力が天に君臨している時、人間は争うことの愚かしさを知る。 誰かを憎み、誰かを排斥して連帯感を得る必要などない。なぜなら、人類も、亜人も、魔族も、私の前では等しく無力であり、等しく庇護される対象でしかないからだ。
「争う意志そのものを無意味にする。それが私の正義よ。貴方の築いた、血生臭い犠牲の上の平和よりも、ずっと合理的で綺麗でしょう?」
「あ……あ……っ」 美咲はもはや言葉を紡ぐことすらできなかった。圧倒的な絶望。しかしそこには、誰も傷つけさせないという、黒く反転した救世主の、あまりにも冷徹で優しい「支配の理」が完成しつつあった。




