第81話:忘却の丘の再会
大教会という絶対の拠点を失い、聖女としての魔力も権威もすべてを毟り取られたエレナ――美咲の精神は、完全に崩壊したはずだった。泥に塗れ、虚空に向かって意味のない言葉を呟き続けるだけの廃人。それが彼女の哀れな末路だったはずだ。
しかし、歪んだ承認欲求と私への怨嗟は、肉体や精神の壊死すら超える呪いとなって彼女の魂の奥底にこびりついていた。
「……ら……せい、ら……っ……」
彼女の壊れた防壁の隙間から漏れ出す、前世の因縁。その執念に引き摺られるようにして、美咲はふらふらと姿を消した。彼女が向かった先――それは、かつて前世の魔法少女「聖良」が、美咲の裏切りによって奈落へと突き落とされた決戦場に酷似した、切り立った断崖の広がる『忘却の丘』だった。
「アリシア様、危険です! あ奴はもはや正気ではない、何をしてくるか分かりません!」 「そうですわ、お姉様。私たちが同行いたします!」
特区の城門で引き留めるルナリエとリリスの声を、私は静かに手を挙げて制した。
「いいえ。これは私と彼女の、前世から続く呪いの終着点よ。他の誰かが入っていい領域ではないわ」
私は二人に微笑みかけると、漆黒の外套を翻し、一人で『忘却の丘』へと歩みを進めた。かつては孤独の中に突き落とされた私だったが、今の私の背中には、帰るべき場所と待ってくれる仲間たちがいる。恐怖も迷いも、微塵もなかった。
乾燥した風が吹き抜ける『忘却の丘』の頂。 そこに、かつての白金の法衣をボロボロに引き裂いた美咲が立っていた。
彼女の周囲には、残ったわずかな魂の命火を削って生み出したのか、どす黒い怨念の魔力が陽炎のように揺らめいている。私を見つめるその瞳は、焦点が合わないままギラギラとした凶気だけを宿していた。
「……来た……来たわね、聖良……。私の、私の世界を壊した泥棒猫……」
「ええ、来たわよ、美咲。貴方の見苦しいお人形劇の、本当の最終回幕を引きにね」
前世と同じ、見晴らしのいい崖の上。風に髪を揺らせながら、私は冷静に彼女を見据えた。ここが私たちの始まりであり、すべての因縁を断ち切る最後の戦場。かつて絶望の底へ落とされた少女は、今、冷徹なる魔女として、偽りの聖女との最後の対峙を迎えた。




