第77話:偽りの救世主の終焉
あらゆる防壁を紙のように切り裂かれ、頼みの綱だった騎士たちも無力化されたエレナは、ついにその場に膝をついた。目の前に突きつけられた、漆黒の大鎌の冷たい刃。そこから放たれる圧倒的な死の気配を前に、彼女の虚飾に満ちた心は完全にへし折られた。
「ま、待って……待ちなさい、聖良! お願い、殺さないで……っ!」
エレナ――美咲は、泥に塗れた顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしながら、無様に命乞いを始めた。かつて人類の頂点に君臨し、傲慢に世界を見下ろしていた「聖女」の面影はどこにもない。ただの、死を恐れて怯える哀れな少女の姿がそこにあった。
「私は悪くなかったのよ! 全部大教会が、シオンが言い出したことなの! 私はただ、みんなを救いたかっただけ……本当よ! だから助けて……お願い、私たちは前世からの友達でしょう!?」
「友達、か。よくその口で言えたものね」
私は冷徹な視線で、必死に私の靴に縋り付こうとする美咲を見下ろした。その瞳には、もはや怒りすら湧いてこない。ただ、果てしない軽蔑だけが残っていた。
「前世で私の信頼を裏切り、笑顔で奈落に突き落とした美咲。そして今世でも自分の承認欲求のために亜人を虐げ、偽りの正義で世界を欺き、私を再び陥れようとしたエレナ。……貴方が重ねてきた罪のすべてを、ここで清算させてあげるわ」
「ひっ……いや、嫌よ……!」
私は大鎌を静かに掲げ、概念武装『深淵の処刑者』の出力を最大へと引き上げた。
「貴方に死の慈悲は与えない。その代わりに、貴方が他者から奪い、貪ってきたその『偽りの輝き』をすべて没収するわ」
大鎌の刃が、美咲の身体を直接傷つけることなく、彼女の「魂」の輪郭をなぞるように振り下ろされた。
――オォォォッ!!
美咲の体内から、絶叫とともに金色の神聖な魔術の光が無理やり引きずり出されていく。それは彼女の持つすべての魔力であり、世界を騙し続けてきた「聖女としての概念」そのものだった。漆黒の刃は、それらの光の粒子を一切の容赦なく絡めとり、深淵の闇の底へと完全に消滅させた。
「あ……、あ、あああああああッ!!」
魂の根幹を毟り取られるような激痛に、美咲はのけ反りながら絶叫した。 やがて光の奔流が完全に収まると、彼女は力なく地面へと崩れ落ちた。
命だけは助けられた。しかし、彼女の体内にはもう、ほんのわずかな魔力すら残っていない。聖女としての美貌も、人々を惹きつけた神聖な覇気も失われ、そこには二度と表舞台に立てない、ただの薄汚れて無力な人間の抜け殻だけが残された。
「……う、嘘……私の、私の力が……みんな、どこへ行ったの……?」
美咲は、自らの震える両手を虚ろな目で見つめ、ブツブツと狂ったように呟き始めた。 自分が誰よりも特別で、誰もが羨む世界の中心でなければ耐えられない肥大化したエゴ。それが完全に破壊され、二度と戻らない現実を突きつけられた彼女の精神は、内側から完全に崩壊していった。
「あはは……あはははは! 私は聖女……私が、世界を救うの……」
虚空に向かって泥だらけの手を伸ばし、濁った目で笑い続ける美咲。 かつて世界を欺いた偽りの救世主は、死よりも残酷な絶対の絶望の中で、その哀れな幕を閉じたのだった。




