第72話:狂信の残党
「全軍、突撃ィッ! あの忌々しい魔女を、神の敵を一人残らず駆逐するのです!」
狂乱するエレナの叫びが荒野に響き渡ると同時に、大教会の狂信者部隊が一斉に武器を掲げて走り出した。彼らは情報の透明化によって勇者連合が崩壊していく中で、引き返す場所も、自らの盲信を否定する覚悟も失った哀れな残党。目を血走らせ、捨て身の特攻を仕掛けてくるその姿は、兵士というよりも暴徒の群れそのものだった。
数千の狂信者が、地鳴りのような怒号を上げて特区の防衛線へと肉薄する。
しかし、その決死の突進を前にしても、私の心は微塵も揺らがなかった。ただ静かに右手を上げようとした、その時。
「――お姉様。このような薄汚いネズミどもの相手、わざわざお姉様の手を煩わせるまでもないわ」
私の前に一歩進み出たのは、蠱惑的な笑みを浮かべるリリスだった。
「その通りです、アリシア殿。ここは私たちに任せ、貴女はあの偽りの聖女に引導を渡すことだけに集中してください」
ルナリエもまた、静かに、しかし絶対的な信頼をその瞳に宿して私の背中を後押しする。
「……ええ、任せたわ」
私が短く応じると同時に、二人の側近が圧倒的な迎撃態勢へと移行した。
「さあ、狂信者の皆さん。神ではなく、このリリスの悪夢に踊りなさい!」
リリスが両手を広げると、目に見えぬ強烈な精神魔術の波動が荒野を駆け抜けた。突撃していた狂信者たちの動きがピタリと止まり、彼らは突如として頭を抱えて発狂し始める。ある者は幻覚に怯えて味方を斬りつけ、ある者は絶望のあまりその場に泣き崩れ、突撃の隊列は一瞬にして内側から崩壊した。
さらに、そこへルナリエの無慈悲な追撃が襲いかかる。
「我が呼び声に応えよ、荒野を駆ける風の兵団。――穿て」
ルナリエが細い指先を突き出すと、数千、数万の目に見えぬ「風の刃」が軍勢を形成し、嵐となって残党を蹂躙した。精神を破壊され、風の軍勢に圧倒される狂信者たち。もはやそれは戦闘と呼べるものですらなく、ただの完全なる制圧だった。
悲鳴と怒号が背後で吹き荒れる中、私は一度も振り返ることなく、一歩、また一歩とエレナの元へ向かって歩みを進めた。
ルナリエとリリス、そして魔王軍の精鋭が、私の背後と特区の防衛を完璧に担ってくれている。完全なる信頼のもと、邪魔者をすべて任せた私は、ただ一人、狂乱の渦中でガタガタと震え始めたエレナを見据え、冷徹に距離を詰めていった。




