第71話:決戦の荒野
平和特区『ベルンシュタイン・サンクチュアリ』の北方に広がる、草木の生い茂らない広大な荒野。 かつては数日後に数十万の大軍勢が埋め尽くすはずだったその場所に、今、砂塵を巻き上げて到着したのは、無残にすり減ったわずか数千の兵術の群れだった。大教会の狂信者たちと、行き場を失った騎士の残党。
その先頭に立つ聖女エレナ――美咲の姿には、もはやかつての神々しい聖潔さは微塵も残っていなかった。 白金の法衣は泥と汗に汚れ、美しかった金髪は振り乱され、その瞳は獣のような狂気と憎悪に血走っている。
「来なさい……出て来なさい、アリシア! 聖良ァッ!!」
荒野のただ中で、エレナは裂けたような声で絶叫した。 世界のすべてであった自らの求求力と、築き上げた嘘の栄華。それらを一瞬にして剥ぎ取った宿敵の名を、彼女は呪詛のように吐き散らす。
その叫びに応じるように、荒野の地平線から、漆黒の魔力の霧が静かに立ち込めてきた。
霧が晴れた先、そこには私を筆頭に、ルナリエ、リリス、そして特区の防衛を担う魔王軍の黒甲の精鋭たちが、一糸乱れぬ布陣で静かに佇んでいた。圧倒的な威容。脱走兵の相次いだエレナの軍勢とは、放つプレッシャーの次元が違いすぎた。
「おいたわしい姿ね、美咲。人類の救世主の面影がまるでないわ」
私は冷徹な視線を彼女に注ぎ、静かに告げた。
「うるさい! うるさいうるさいッ! お前さえ、お前さえこの世界に生まれ変わっていなければ、私は永遠に誰もが羨む聖女として崇められていたのよ! 前世でも今世でも、なぜお前はいつも私の邪魔をするの、この泥棒猫がァ!」
エレナはもはや聖女の仮面を完全に脱ぎ捨て、剥き出しの私怨を叫び散らした。前世で私を裏切り、笑顔で奈落へ突き落としたあの時の醜悪な本性が、今、全世界の前に晒されている。彼女にとって、正義も人類の未来もどうでもよかったのだ。ただ、私より優位に立ち、賞賛を独占したかった、その醜い承認欲求のために世界を騙し続けていたに過ぎない。
狂乱する美咲を前に、私は感情を揺らすことすらなく、ただ冷ややかに唇を歪めた。
「泥棒、か。貴方が勝手に人のものを盗み、それが持ち主の手に戻っただけでしょう。……ルナリエ、リリス。魔王軍の精鋭を展開しなさい。ネズミ一匹、特区へ近づけてはならないわ」
「御意に。この風の檻から、誰も逃しはしません」(ルナリエ) 「ふふ、お姉様。狂信者たちの絶望に染まった精神、美味しくいただく準備はできていますわ」(リリス)
二人が不敵な笑みを浮かべ、私の左右へと分かれて前線を構築する。 前世の因縁、そして今世の欺瞞。すべてをこの荒野で完全に清算するため、私は冷徹に、そして完璧に、偽りの救世主の息の根を止めるための布陣を敷いた。




