第70話:偽りの聖女との対峙へ
数十万の兵を擁し、大陸史上最大の威容を誇った「人類勇者連合」の陣営は、もはや見る影もなく崩壊していた。脱走と進軍拒否の嵐は本陣にまで及び、残されたのは大教会の狂信者たちと、後戻りのできない一部の将校のみ。
「嘘よ……こんなの、何かの間違いよ……!」
豪華絢爛だった総司令官の天幕で、エレナ――美咲は、次々と舞い込む軍瓦解の報告書を床にぶちまけ、狂乱していた。
かつて誰もが自分を崇め、その言葉に涙し、熱狂した。あの「お人好しの聖良」を陥れて手に入れた、人類の絶対的指導者という最高の椅子。それが、あの女が放った「真実」というたった一撃の前に、これほど脆く崩れ去るなど認められるはずがなかった。
「エレナ様、もはや前線の統率が利きません! このままでは魔王軍が攻めてくる前に――」 「黙りなさい!!」
エレナは絶叫し、まばゆい金色の光の魔力を爆発させて報告に来た騎士を吹き飛ばした。 その瞳は、聖女の慈愛など微塵もない、剥き出しの狂気と執着に濁っている。
「私が……私こそが世界を救う聖女よ! あの忌々しい魔女に、私の世界を壊させてたまるもんですか……! 兵が逃げたのなら、私が直接あいつを殺して、その首を民衆の前に晒してあげるわ!」
地に落ちた求心力を力尽くで引き戻すため、そして自らの輝かしい虚飾を守るため、エレナはついに自ら前線へと出陣することを決意する。彼女は聖なる杖を握り締め、狂信者たちを引き連れて、怨敵の待つ北の大地へと進軍を開始した。
その頃、平和特区『ベルンシュタイン・サンクチュアリ』の城壁の上。
「お姉様、ネズミの女王がようやく巣から這い出てきたようですわ」(リリス) 「ええ、残党を引き連れて、こちらへ向かって直進してきています」(ルナリエ)
二人の報告を聞きながら、私は崩壊していく敵陣の遥か向こう、こちらへ近づく金色の魔力の光を見つめていた。
「自らの嘘に焼き尽くされながら、最期まで女王様気取りというわけね。美咲」
私は静かに目を閉じ、身体の奥底に眠る「深淵の魔力」を呼び覚ました。 周囲の空間がぐにゃりと歪み、漆黒の炎が城壁を包み込むように激しく燃え上がる。かつて彼女たちに奪われた命、汚された名誉、そして踏みにじられたすべてを清算する時が、ついに訪れたのだ。
情報戦による前哨戦は、我が方の完全勝利で幕を閉じた。 次なる標的は、偽りの救世主。
「行きましょう。私たちの世界に、あの紛い物の光は必要ないわ」
私は漆黒の外套を翻し、美咲の首を狩るための、冷徹なる進軍の一歩を踏み出した。




