第7話:裏切りの聖剣
「みんな、今だよ! 最大火力で、一気――」
叫びながら振り返った聖良の視界が、一瞬、真っ白に染まった。 それは勝利を確信した眩い「正義の光」ではなかった。
――ドクンッ。
衝撃は、思考よりも速く彼女の正中線を貫いた。 熱い。熱くて、心臓が凍りつくような冷ややかな感覚。
「…………え?」
信じられない思いで視線を落とすと、自分の胸元から、白銀の剣先が突き出していた。 美咲の武器、『聖剣ヴィクトリア』。 かつて何度も、並んで戦う際にその背中を預け、自分を守ってくれると信じていた絆の象徴。
「……あがっ……がはっ……!」
喉の奥からせり上がってきたのは、言葉ではなく鉄の味を帯びた鮮血だった。 美咲が背後から、一切の躊躇なく、聖良の心臓を狙って剣を突き立てていた。
「ごめんね、聖良。……本当にお疲れ様」
耳元で、美咲の冷徹な、けれどどこか清々しささえ感じさせる声が響く。 聖良は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。聖剣が引き抜かれる際の不快な摩擦音が、彼女の意識を現実へと引き戻す。
「どう……して……。外神は……倒さないの……?」
地面に這いつくばり、血溜まりの中で顔を上げた聖良が見たのは、呆然と立ち尽くす仲間たちの姿ではなかった。
「もういいのよ、聖良。外神とは取引が済んだわ」 詩織が、いつもの事務的な報告書を読むようなトーンで言った。 「あなたがここで生贄になって死ねば、私たちは別の世界へ逃がしてもらえる。この終わった世界と心中するなんて、御免だもの」
「聖良が強すぎたのがいけないんだよ」 蘭が、防衛の盾で顔を隠すようにしながら呟く。 「あなたが一人で全部やっちゃうから、私たちは自分がどんどん惨めになって……。あなたが死ねば、私たちはようやく『最強の影』から解放されるの」
「そうそう。聖良ちゃん、ずっと『みんなのためなら何でもする』って言ってたもんね」 未来が、慈悲深い聖女のような顔をして、聖良の血で汚れた衣装を見下ろした。 「だったら、私たちの命のために、今ここで死んで。それがあなたの望んだ『最高の正義』でしょう?」
聖良の視界が、涙と血で歪む。 睡眠を削り、罵声を浴び、傷だらけになりながらも守り続けてきた日常。 自分を削ってまで立てさせた、彼女たちの手柄。 それら全ては、この瞬間に自分を「最も高く売る」ための積み重ねに過ぎなかったのか。
「……あ……ああ……」
聖良の手が、虚空を掻く。 美咲の靴が、聖良の指を無造作に踏みつけた。
「さよなら、私たちの『誇り高き』リーダー。あなたはここで、世界を救おうとして散った悲劇のヒロインとして死ぬの。……あ、安心して。向こうの世界では、私たちがあなたの分まで幸せになってあげるから」
美咲が魔法陣を起動する。 四人を包む淡い輝きが、暗黒の丘を照らし出した。
「待って……っ! 行かないで……! 一人に、しないで……!」
届かない叫び。 次の瞬間、光は弾け、四人の姿は完全に消え去った。 残されたのは、心臓を貫かれた瀕死の少女と、障壁が消え、咆哮を上げながら迫りくる「外神」の巨大な影だけだった。
「……っ、ふ……ふざけ、ないで……」
聖良の瞳から、光が消える。 かつてあれほどまでに美しかった「正義」への信仰が、どろどろとした黒い感情へと変質していく。
(信じてたのに……。私の全部を、捧げたのに……っ!)
世界を救うために戦ってきた手は、今はただ、自分を殺した者たちへの呪いで震えていた。 絶望の底で、聖良の意識は闇に飲み込まれていく。 背後から、外神の触手が、瀕死の肉体を粉砕せんと振り下ろされた。




