第6話:忘却の丘、決戦の朝
「外神」の本拠地、通称『忘却の丘』。 かつては美しい草原が広がっていたその場所は、今や空間そのものが腐食し、現実と悪夢が混ざり合う地獄の入り口と化していた。
「……みんな、来てくれたんだね」
丘の麓で、一人で前哨戦を戦い抜いていた聖良は、現れた四人の姿を見て、ボロボロの顔に安らかな笑みを浮かべた。衣装はもう、元の白がどこにも見えないほど返り血と泥で汚れ、右の二の腕には深く鋭い爪痕が刻まれている。
「遅くなってごめんね、聖良。……準備はできてるわ」
美咲が聖剣を握り、聖良の隣に立つ。その後ろで、詩織、蘭、未来も武器を構えていた。だが、彼女たちの瞳は一度も聖良の傷跡に触れることはなく、ただ遠く、丘の頂上に鎮座する外神の本体だけを見据えていた。
「よかった……。私、みんなが帰ってくるまでここを死守するって決めてたから。約束、守れてよかったよ」
聖良は、震える手でマジカルステッキを突き出した。 彼女はこの決戦が終われば、また以前のように五人で食卓を囲めるのだと、心の底から信じていた。別荘での一件も、自分が至らなかったせいだと自分を納得させ、仲間たちを許していた。
「作戦は、私が一人で突っ込んで外神の絶対障壁をこじ開ける。……みんなは、その瞬間に最大火力の魔法を叩き込んで。一撃、チャンスは一回だけだよ」
「……ええ。わかってるわ。私たちが、必ず『終わらせて』あげる」
美咲の言葉の裏にある微かな震えを、聖良は決戦を前にした緊張だと思い込んだ。
「よし――行こう! エトワール、出撃!」
聖良が、枯れかけた魔力を絞り出し、光の矢となって飛び出した。 外神の触手が、空を覆い尽くすほどの数で降り注ぐ。聖良はそれを紙一重で回避し、あるいはその身で受け止めながら前進した。
「ああああああっ!」
爆炎。衝撃。肉が裂ける音。 背後を守るはずの四人は、一定の距離を保ったまま、聖良が道を切り拓くのを冷徹に見守っている。援護射撃の一つもない。だが、聖良は疑わなかった。 (みんなは魔力を温存してるんだ。最後のとどめを刺すために……!)
全身が焼けるような痛みに苛まれ、骨が軋む。それでも聖良は止まらなかった。仲間を信じ、正義を信じ、己の役割を全うすることだけが、彼女を動かしていた。
ついに、外神のコアを守る幾重もの障壁が剥がされる。
「今だよ、みんな!!」
聖良が全霊を賭した一撃で障壁を粉砕した。その瞬間、彼女の背後は完全に無防備になり、蓄積したダメージで一歩も動けなくなる。
あとは、背後から放たれる仲間たちの「正義の光」が、敵を焼き尽くすのを待つだけだった。
だが、聖良が聞いたのは魔法の発動音ではなかった。 不気味なほど静まり返った空気の中で、カチリ、と、何かが噛み合うような冷たい音が響いた。
「……え?」
聖良が、勝利を確信して微笑みながら振り返ろうとした。 その刹那、彼女が最も信頼していた「親友」の瞳と、視線がぶつかった。 そこにあったのは、友情でも、感謝でもなく。 ——獲物を罠にハメた後の、冷酷な沈黙だった。




