第5話:外神の囁き
「——ねえ、聞こえる? 哀れな救世主のなり損ないたち」
別荘のバルコニー。シャンパングラスを傾け、束の間のバカンスを楽しんでいた四人の前に、それは現れた。 空間が排気ガスのような色の霧で歪み、実体のない「影」が蠢く。世界を浸食する災厄の根源——外神の分身だった。
「ひっ……!」 未来が悲鳴を上げ、グラスを落として割る。美咲は咄嗟に聖剣を構えようとしたが、影から放たれる圧倒的な死の気配に、指先一つ動かすことができなかった。
「戦う必要はないよ。今日は取引に来たんだ」 影の声は、脳内に直接不快な振動として響く。
「まもなく、この世界は僕たちが美味しくいただく。……でも、一つだけ面白い提案があるんだ。君たち四人の命と、別の平和な世界への『移住権』。それと引き換えに……あの銀髪のリーダー、星野聖良を差し出さないか?」
「聖良を……?」 美咲の瞳が、微かに揺れた。
「彼女は強すぎる。僕たちの計画にとって、彼女の『正義感』は少しだけ邪魔なんだ。彼女が最期まで戦場で戦い、そして絶望して死ぬ……その『生贄』としての役割を全うさせてくれるなら、君たちの安全は保証しよう」
影は、契約書のように四人の前に光る紋章を浮かび上がらせた。
「美咲……どうするの? 聖良を売るなんて……」 蘭が震える声で問いかける。だが、その言葉には「断るべきだ」という確信はなかった。
「……だって、しょうがないじゃない」 沈黙を破ったのは詩織だった。彼女はスマホを握りしめたまま、歪んだ笑みを浮かべる。 「聖良はいつも言ってたでしょ? 『みんなのためなら何でもする』って。だったら、今こそその言葉を証明してもらうべきじゃない? 私たちの命を救うために、彼女が一人で死ぬ。……それって、彼女が望んでいた最高に『正しい』正義の味方の結末でしょ」
「そうだよ……。あの子、どうせ一人で戦って死ぬつもりだったんだよ」 未来も同意するように頷く。 「私たちが一緒にいたって、足手まといになるだけ。だったら、私たちは生き残って、あの子の勇姿を後世に伝える役割になればいい。それが、あの子にとっても一番いいはずよ」
美咲は、目の前の影を見つめた。 自分たちを裁く鏡のような、聖良の真っ直ぐな瞳を思い出す。あの瞳が、自分たちをずっと追い詰めてきたのだ。彼女がいなくなれば、自分たちは「聖良と比較される惨めさ」から永遠に解放される。
自分たちは悪くない。 これは、聖良の「自己犠牲」という性質を利用して、みんなが幸せになるための、合理的な選択なのだ。
「……わかったわ。その取引、受けるわ」 美咲が紋章に手を触れた。 「条件は、私たちが確実にこの世界から逃げられること。……それから、彼女には私たちが裏切ったことを最後まで気づかせないで。彼女は、正義の味方のまま死ぬのがお似合いよ」
「賢明な判断だ、魔法少女たち。……くく、あはははは!」
影は嘲笑と共に霧散した。 後に残されたのは、血のような色の夕日を浴びる四人の魔法少女。
「……これで、よかったのよね」 美咲の呟きに、誰も答えなかった。 彼女たちは、自分が生き残るために友を売るという「一線」を、いとも容易く越えてしまった。
その頃、聖良は一人、誰もいない街のパトロールを終え、冷えたコンビニの弁当を啜っていた。 「……明日、みんな帰ってくるかな。帰ってきたら、この間のこと、ちゃんと謝ろう」
信じているのは、自分を殺そうとしている仲間たちとの、偽りの絆。 聖良の知らないところで、死神の時計は確実に、最後の一秒へと向かって刻まれていた。




