第65話:揺らぐ聖域
大陸全土の通信碑に強制投影された「真実」の映像は、勇者連合の足元を文字通り根底から揺るがした。
「おい、これを見ろよ……。昨日の襲撃、本当に俺たちの工作員が化けてやってたんじゃないか……?」 「特区の映像も映ってるぞ。魔族に虐げられてるなんて大嘘だ。あそこじゃ、人間が俺たちより美味そうな飯を食って笑ってる……」
勇者連合の進軍ルートに位置する前線基地や、諸国の街頭では、民衆や末端の兵士たちが通信碑を取り囲み、愕然とした表情で囁き合っていた。
これまで大教会やエレナが唱えてきた「魔族は絶対悪であり、人類を滅ぼす存在」という教義。そして「深淵の魔女は残虐非道の化け物」というプロパガンダ。それらが、偽りのない生の映像という圧倒的なファクトによって、次々と剥ぎ取られていく。
「魔族は本当に悪なのか……?」 「むしろ、無抵抗の村を襲わせて罪をなすりつけた、王国や大教会のほうが悪辣なんじゃないか……?」
一度芽生えた不信の種は、瞬く間に人々の心に根を張った。戦意に満ちあふれていた兵士たちの目は輝きを失い、陣営全体に重苦しい不穏な動揺が広がり始める。エレナが美辞麗句で築き上げてきた完璧な「聖女の嘘」の防壁に、決定的な、そして最初の深いヒビが入った瞬間だった。
「馬鹿な……! 精霊通信網をジャックしただと!? エルフとドワーフの技術を組み合わせたというのか!?」
勇者連合の本陣天幕で、賢者シオンは手元の魔導端末を叩きつけ、激昂していた。 彼の天才的な頭脳が弾き出した完璧なプロパガンダ戦術が、アリシアの放った「情報の透明化」という前代未聞のカウンターによって、跡形もなく粉砕されたのだ。通信碑の破壊や術式の遮断を試みたものの、大陸全土の霊脈に深く根を張った精霊通信は、彼の魔術を以てしても容易に止めることはできなかった。
「シオン、末端の部隊から進軍拒否の報告が相次いでいるわ。このままじゃ戦う前に軍が瓦解する。どうにかしなさい!」
エレナ――美咲が、いつもの余裕を完全に失った顔でシオンの胸ぐらをつかむ。
「黙れ! 織り込み済みだ……。情報戦で負けたのなら、すべてを物理的に消し去ればいいだけの話だろう!」
シオンは眼鏡の奥の瞳を血走らせ、狂気に満ちた笑みを浮かべた。 このままでは、己の「賢者」としてのプライドが完全に泥に塗れる。焦燥に駆られた彼は、戦況をひっくり返すための、さらに過激で凄惨な次なる一手を画策し始めていた。
「特区ごと、あの魔女を跡形もなく消し飛ばす。――禁忌の超長距離儀式魔術を発動させるぞ」




