第64話:魔女の「情報戦」
勇者連合が拡散した「魔族による集落襲撃」の映像は、瞬く間に世界を狂乱へと陥れた。平和特区『ベルンシュタイン・サンクチュアリ』への非難の声は高まり、人類の軍勢は正義の執行を確信して進軍を早める。
しかし、特区の玉座に座る私は、焦るどころか冷徹な笑みを浮かべていた。
「お姉様、人間どもの間で私たちの悪評が最高潮に達していますわ。今すぐあの汚いネズミどもを皆殺しに……」 「いいえ、リリス。剣を抜く必要すら固執しないわ。向こうが『嘘の物語』で攻めてくるなら、こちらは『透明な事実』で迎え撃つまでよ」
私が選んだのは、力による反撃ではなく、「情報の透明化」という全く新しい戦術だった。
「ルナリエ、ドワーフの長老。準備はいいかしら?」 「ええ、いつでも。エルフの誇る広域精霊通信網、すでに大陸全土の霊脈と同調しています」(ルナリエ) 「こっちもバッチリだ。ガルバ鉱山の最新技術で、記録結晶の映像を全大地の通信碑に強制投影(配信)する術式を組み上げたぜ!」(長老)
かつて味方にしたエルフの知識とドワーフの技術。それが今、世界最強の「報道機関」へと昇華する。
――パチン。
私が指を鳴らした瞬間、大陸各地の街頭にある大教会の通信碑、そして勇者連合の全陣営の魔導スクリーンが、突如として激しく明滅し、一斉にジャックされた。
「な、何だ!? 画面が切り替わったぞ!」
驚く民衆や兵士たちの前に映し出されたのは、昨晩の襲撃事件の『真実の舞台裏』だった。
そこには、幻影の外套が剥ぎ取られ、人間の顔を晒しながら「魔族の咆哮」を上げる工作員たちの姿。そして、天幕の裏で彼らに報酬を渡し、「魔女の残虐性を演出せよ」と冷酷に命じる賢者シオンの鮮明な映像と音声が、寸分の狂いもなく流されたのだ。
「う、嘘だろ……? あれは教会の工作員……!? 俺たちは騙されていたのか?」
騒然とする世界を余所に、配信はさらに加速する。 続いて画面に映ったのは、かつて処刑されたはずの「聖女・聖良」の術式を操る私の姿。そして、カレンやアイラが自らのエゴと欺瞞を暴かれ、圧倒的な力で敗北していく一部始終の記録。さらにカメラは切り替わり、現在の平和特区のリアルタイムの映像――『生配信』へと移る。
そこには、恐怖の魔女の姿などなかった。 ドワーフと人間の農民が肩を並べて笑いながら水路を引き、エルフの歌声に合わせて子供たちが踊る、王国よりも遥かに豊かで穏やかな「真の共存」の光景が、ありのままに映し出されていた。
「これが、貴方たちの信じる『正義』の裏側。そして、私たちが築いている『現実』よ」
私の静かな声が、精霊通信網を通じて大陸中の全人類の耳へと直接届けられる。
完全なる情報の透明化。隠蔽も捏造も通用しない圧倒的なファクトの前に、エレナたちが築き上げた完璧なプロパガンダの城は、根元からピキピキと音を立てて崩れ始めていた。




