第63話:仕組まれた開戦前夜
人類勇者連合の進軍が迫る中、戦いの火蓋は剣を交えるよりも早く、最も卑劣な形で切って落とされた。 仕掛けたのは、エレナの陰で策謀を巡らせる「賢者」シオンと「暗殺者」ミチルの二人である。彼らの狙いは、私をただ力でねじ伏せることではない。平和特区の掲げる「共存」という大義名分を泥に塗れさせ、私を社会的・軍事的に完全に抹殺することだった。
夜闇が深まる頃、平和特区の境界線から少し離れた、非武装の人間たちが暮らす民間人の集落。 そこへ、突如として禍々しい咆哮と共に、黒い角や異形の四肢を持つ「魔族」の集団が襲いかかった。
「ぎゃあああッ!? 魔族だ、魔族が攻めてきたぞ!」 「助けてくれ! なぜ、私たちは何もしていないのに……!」
容赦なく家々に火が放たれ、逃げ惑う無辜の民衆が刃に倒れていく。凄惨な悲鳴と炎の粉が夜空を焦がす。
だが、その惨劇の最中、燃え盛る建物の陰から、その様子を冷酷に「記録結晶」へと収める者たちがいた。彼らは魔族ではない。シオンが術式を施した幻影の外套を纏い、ミチルが直々に訓練した、勇者連合の息がかかった隠密工作員たちだった。
「よし、良い画が撮れた。恐怖に歪む顔、引き裂かれた衣服……これ以上ない『魔女の残虐性』の証明だ」
工作員たちは冷たい笑みを浮かべ、あらかじめ用意していた生存者の目撃証言と共に、その「仕組まれた惨劇」の映像を、大教会の広域通信網を使って瞬く間に世界中へと拡散させていった。
翌朝、大陸全土に激震が走る。 『平和特区の魔女、共存の裏で無抵抗の集落を大虐殺!』 『これが深淵の魔女の正体だ! 騙されるな!』
各地の街頭に投影された凄惨な映像と、涙ながらに「黒い魔女の軍勢に襲われた」と語る生存者の声に、人間たちの怒りと恐怖は沸点へと達した。平和特区が主張していた「種族を超えた法の下の対等」などという理想は、この一晩の自作自演によって、「人類を油断させるための残虐な罠」へと完璧に仕立て上げられてしまったのだ。
「これで特区の正当性は完全に崩壊した。世界中が奴らを『ただの狂った人殺し』と認識する。あいつらに味方する大義など、もうどこにもないさ」
本陣の天幕で、シオンはチェスの駒を弄びながら、勝利を確信したように嘲笑った。
だが、彼らは決定的な誤算を犯していた。 燃え盛る集落の残滓を、エルフの精霊通信を通じてリアルタイムで監視していた私は、冷徹な怒りを胸に秘めながらも、ただ静かに唇を歪めていた。
「前世から何も進歩していないのね、シオン、ミチル。……その浅薄な嘘が、自らの首を絞める絞首刑の縄になるとも知らずに」
彼らが仕掛けたプロパガンダの嵐に対し、私は力による報復ではなく、彼らの欺瞞を根底から腐らせる「真実の牙」を研ぎ始めていた。




