第62話:勇者連合の結成
聖女エレナの扇動演説は、燎原の火の如く大陸全土へと伝播していった。 魔女への恐怖と亜人への憎悪に突き動かされた人類の国々は、これまでの国境や利害関係をすべて投げ打ち、ただ一つの目的のために団結した。
王都の広大な平原を埋め尽くしたのは、王国の精鋭騎士団、教会の誇る聖騎士団、そして周辺諸国から派兵された総勢数十万に及ぶ大軍勢。
人類の命運を賭けた史上最大の軍隊――「人類勇者連合」の結成である。
日の光を浴びてぎらぎらと輝く鎧の波。その圧倒的な軍事力は、誕生したばかりの小さな平和特区『ベルンシュタイン・サンクチュアリ』など、文字通り一足跳びで踏み潰し、圧殺するに足る巨躯を有していた。誰もが人類の勝利を確信し、魔女の首が刎ねられる瞬間を今か今かと待ち望んでいる。
その連合軍の本陣、豪奢に設えられた総司令官の天幕。
「ふふ、これで役者は揃ったわ。あの生意気な魔女も、この数の前には平伏すしかないでしょうね」
戦況マップを見下ろしながら、エレナ――美咲が邪悪な笑みを浮かべる。その背後、豪奢な椅子の影から、二つの足音が静かに近づいてきた。
「エレナ、あまり油断するなよ。相手はあのエルフやドワーフを瞬く間に下した『深淵の魔女』だ。ただの数で押し切れるほど甘い相手じゃない」
冷徹な声で告げたのは、眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせる青年、シオン。前世で「聖女・聖良」の仲間であり、その卓越した魔術理論でチームを支えた「賢者」の転生者だった。
「シオンの言う通り。それに……あの魔女の戦い方、どこか既視感があるのよね。まるで、私たちの手の内をすべて知り尽くしているような……」
部屋の隅、光の届かない暗がりに同化するように佇んでいた少女、ミチルが呟く。彼女もまた前世の仲間であり、神速の隠密技術で聖良の影として動いていた「暗殺者」だ。
二人は今、勇者連合の最高幹部にして、エレナの側近として君臨していた。
「何を怯えているの? 私たちにはこの数十万の軍勢と、大教会の聖なる加護があるのよ。……シオン、ミチル。貴方たちには裏で動いてもらうわ。あの特区をただ潰すだけじゃつまらない。徹底的に、絶望させてあげるのよ」
エレナの歪んだ命令に、シオンは不敵な笑みを浮かべ、ミチルは静かに刃を研ぎ始める。
かつて私を英雄として担ぎ上げ、最後には都合よく切り捨てた裏切り者たちが、今度は「勇者」の名を騙って再び私の前に立とうとしていた。彼らが裏で張り巡らせる不穏な策略の気配を、私は特区の玉座にいながらにして、風の精霊たちを通じて確かに感じ取っていた。




