第60話:新世界の夜明け
「魔王軍直轄・平和特区」の宣言から数週間。ベルンシュタイン領の景色は、劇的な変化を遂げつつあった。
中央広場では、かつて人間側を統治していたベルンシュタイン辺境伯が、集まった大勢の領民たちの前に毅然と立っていた。その隣には、私の腹心であるルナリエとリリス、そしてガルバ鉱山から派遣されたドワーフの技術者たちが並んでいる。
「皆、聞いてくれ。王国は我らを見捨て、人質として命を奪おうとした。だが、我が娘であり『深淵の魔女』となったアリシアは、魔族や亜人の力を借りて我らを救ってくれた。私は引き続き領主として、この特区の人間側をまとめることを決意した。これからは、彼らと共に新たな道を歩む!」
辺境伯の力強い宣言に、領民たちは最初こそ困惑し、周囲に佇む魔族の兵たちに怯え、身をすくめていた。人間にとって、魔族や亜人は長年「恐怖と排除の対象」でしかなかったからだ。
しかし、その不安は「圧倒的な現実」によって瞬く間に塗り替えられていくこととなる。
「おい、見ろよ! ドワーフの連中が作ったあの水路……たった三日で、干上がっていた畑に清流が行き渡りやがった!」 「エルフの姉ちゃんたちが呪文を唱えたら、立ち枯れかけていた小麦がまた一斉に芽吹いたぞ……!」
ドワーフたちがもたらした超一級の建築・鍛冶技術は、領内のボロボロだったインフラをまたたく間に整備し、エルフたちが紡ぐ精霊の祝福魔法は、荒れ果てた大地に未だかつてない大豊作の兆しをもたらした。
重税を課し、不条理な大義名分で命を脅かしてきた王国の圧政。 それに対し、法の下の対等を厳格に求めはするが、確実な安全と豊かな暮らしを保障してくれる「魔女の統治」。
領民たちは肌で理解し始めていた。自分たちを本当に豊かにしてくれるのはどちらなのかを。怯えはいつしか深い感謝へと変わり、人間と亜人が肩を並べて笑い合う、大陸史上初の「真の共存」がこの地から静かに始まりを告げた。
夕暮れ時、私は特区を見下ろす城壁の上から、活気に満ちあふれる街並みを眺めていた。
「お姉様、素晴らしい眺めですわ。人間も亜人も、すっかりお姉様の足元にひれ伏しています」(リリス) 「エルフの里、ドワーフの鉱山、そしてこの特区。アリシア殿、これで後方の憂いは完全に断たれました」(ルナリエ)
二人の報告に、私は静かに頷いた。
エルフの知識、ドワーフの技術、そして魔王軍の武力と人間の領地が一つに結びついた。偽りの聖域を掲げる王国への、本格的な反攻の準備はすべて整ったのだ。
「待っていなさい、王国。貴方たちが踏みにじったものの大きさを、今度はこちらから教えてあげるわ」
地平線の向こう、忌々しい王都が佇む空を睨み据えながら、私の瞳は深淵の闇よりも深く、冷たく輝いていた。




