第54話:深淵の星砕き(スターライト・ブレイカー)
「神の正義は我が盾と共にあり! 破れるものなら破ってみせなさい、魔族の虚像め!」
幾重にも重なる幾何学的な光の防壁『イージス・ウォール・マキシマム』の中心で、アイラが狂気混じりの咆哮を上げる。その圧倒的な聖なる輝きは、要塞全体を昼間のように照らし出していた。
しかし、私はただ静かに、掲げた右手を天へと突き出す。
「集え、深淵の底に眠る昏き星々よ」
私の呟きと共に、要塞の上空が突如として異界の夜へと塗り替えられた。 天頂に広がったのは、美しくも禍々しい漆黒の魔法陣。それはかつて「聖女・聖良」だった頃、仲間を救うために幾度となく天に描いた、あの懐かしい術式のフレームワークそのものだった。
だが、そこへ吸い込まれていくのは清浄な星の光ではない。
周囲の光を、音を、そして空間そのものを歪めながら巻き上がっていくのは、すべてを飲み込む完全なる「無」の闇。私の肉体が、魔力の激しい拒絶反応で悲鳴を上げ、皮膚の端から黒い霧となって爆ぜかける。だが、私はその激痛を嘲笑うように、さらに出力を引き上げた。
「な……何よ、その術式は……。嘘、そんなはずはないわ! それは、聖良の……!」
光の壁の向こうで、アイラの顔から血の気が引いていく。 彼女の記憶に深く刻まれた「最強の光」の配列。それが今、目の前で極彩色の闇へと反転していく光景に、彼女の精神は恐怖で凍りついていた。
「かつて貴女たちを救った星の光は、もうどこにもないわ。蘭」
私の瞳が、深淵の底からアイラを射抜く。 天上の魔法陣が限界まで超重力を孕み、漆黒の太陽となって脈動した。
「貴女が信じた盾の脆さを知りなさい。――『スターライト・ブレイカー』」
振り下ろした右手と共に、天から放たれたのは、光すら捉えて逃がさない超重力の黒き光流だった。
――――――――轟ッ!!!!
世界が反転したかのような錯覚を覚える、凄絶な破壊の波動。 直撃の瞬間、アイラが絶対の自信を抱いていた神聖不落の結界は、防壁の体をなすことすら許されなかった。幾重にも重なる光の障壁が、ガラス細工のように容易くパリンと音を立てて砕け散り、黒い渦の中へと吸い込まれ、霧散していく。
「あああ、あ、あああぁぁぁッ!? 私の、私の盾がぁぁぁーーーっ!?」
悲鳴と共に、アイラの手から巨大なタワーシールドが弾き飛ばされ、地面に激突して粉々に粉砕された。
不落の盾は、跡形もなく消え去った。 爆煙が晴れた中心で、アイラは白銀の鎧をズタズタに引き裂かれ、呆然と両膝をついていた。その瞳からは完全に生気が失われ、ただ破壊された自分の両手を見つめている。
「私の……正義が……。私が信じた神の盾が……負けた……?」
どんな攻撃も跳ね返すと信じて疑わなかった絶対の拠り所を、文字通り根元から粉砕された。 それは彼女の肉体へのダメージ以上に、これまで積み上げてきた欺瞞の「プライド」を、完全に木端微塵にする一撃だった。




