第52話:決戦前夜の調律
地下から響いてくるドワーフたちの怒号と、要塞の至る所で上がる爆音。反乱の火の手が計画通りに広がっていく中、私は要塞を一望できる小高い岩座に一人、佇んでいた。
夜風が私の黒髪を激しく揺らす。見下ろす先には、アイラが展開し続ける絶対防御の結界『イージス・ウォール』が、未だに強固な光を放ちながら要塞の心臓部を守り続けていた。
「あの頑ななまでの光の壁……。並の闇属性魔法では、すべて反射されてこちらが自滅するだけね」
私は静かに目を閉じ、脳内の深い底へと意識を沈めていった。 引きずり出すのは、前世――「聖女・聖良」だった頃の記憶。かつて仲間を救うため、そして世界の脅威を退けるために私が自ら編み出した、最大最強の聖属性極大魔法の構築式。
『スターライト・ブレイカー』
天上の星々から純粋な光の粒子を集束させ、あらゆる悪を無に帰す究極の術式。だが、今の私の身体を流れるのは、神聖な光の魔力などではない。世界への絶望と、裏切りへの怒りが生んだ、底なしの「闇(深淵)」の魔力だ。
「聖属性の術式に、この禍々しい深淵の魔力を流し込む……。ふふ、正気の沙汰ではないわね」
理屈は単純だが、それは世界の法則に逆らう禁忌の試みだった。 本来なら反発し合う二つの属性。聖なる術式のフレームワークに無理やり闇の濁流を注ぎ込めば、魔力の暴走を引き起こし、術者である私自身の肉体や魂すら無傷では済まない。下手をすれば、発動の瞬間に内側から木端微塵に弾け飛ぶだろう。
だが、私の唇は自然と吊り上がっていた。
「……痛みに怯えて、復讐が立ち止まるとでも思ったかしら。蘭」
私は右手を虚空にかざし、脳内で術式の組み換え(調律)を開始した。
集束させるべき「星の光」のコードを、光すら捉えて逃がさない「超重力の闇」へと書き換える。包み込むような慈愛の術式を、すべてを圧殺する苛烈な破壊の術式へと反転させていく。かつて私を守るはずだった、そして最後の瞬間に私を見捨てたあの「盾」を、その自尊心ごと跡形もなく粉砕するためだけに。
私の指先から、バチバチと不吉な黒い火花が散り、周囲の空間が歪み始める。 肉体が、精神が、魔力の拒絶反応で悲鳴を上げて軋む。だが、私はその激痛を心地よいものとして受け入れ、さらに深く術式を書き換えていった。
「見ていなさい。貴女が信じる『不落の正義』が、どれほど脆く、儚いものか……」
調律は完了した。 私の手の中に完成したのは、かつて世界を救った星の光ではない。すべてを無に還す、漆黒の絶望のプログラム。
夜が明ければ、決戦の火蓋が切って落とされる。




