第50話:絶対防御の壁
ガルバ鉱山の入り口は、すでに人間の「要塞」へと変貌していた。 赤茶けた岩肌をくり抜いた頑強な砦の前に、一人の女騎士が立ちはだかる。白銀の重装鎧に身を包み、身の丈ほどもある巨大なタワーシールドを構えたその姿――かつて私の盾となるはずだった、蘭……今のアイラだ。
「そこまでだ、魔族の軍勢め! この『不落の要塞』に一歩たりとも足を踏み入れさせはしない!」
アイラが盾を地面に叩きつけると、眩いばかりの聖なる光が文字通り壁となって立ち上がり、鉱山全体を覆う巨大なドームを形成した。固有結界『イージス・ウォール(不落の盾)』。あらゆる物理衝撃を無効化し、あらゆる敵対魔術をそのまま反射する、理不尽なまでの絶対防御。
「ルナリエ、リリス、下がっていなさい」
私は二人の前に進み出た。私の漆黒の外套が、アイラの発する聖なる残光に照らされて微かに揺れる。
「――っ!? 貴女……」
光の壁の向こうで、アイラの目が驚愕に大きく見開かれた。その視線が私の顔、そして私の纏う禍々しい「深淵」の魔力へと注がれる。前世で裏切った「聖女・聖良」の面影が、今の私の姿に重なったのだろう。アイラの強固な精神に、明らかな動揺の亀裂が走った。
「聖良……? いいえ、そんなはずはないわ! 聖良はあの時、魔族の手にかかって死んだはず……!」
アイラは自らの動揺を打ち消すように、盾を握る手に一層の力を込めた。その瞳に、罪悪感を塗りつぶすための苛烈な「敵意」が灯る。
「そうか、わかったわ! 貴女、その忌々しい魔力で聖女の姿を模した魔族ね! 聖騎士団の心を揺さぶるための薄汚い罠、この私が騙されるものですか!」
「相変わらず、自分の都合の良いように現実を解釈する天才ね。蘭」
私は冷たく微笑んだ。 彼女は「自分が聖女を見捨てた」という罪の意識から逃げるために、より一層、目の前の私を『絶対の悪』と決めつけなければならないのだ。自らの正義を、自らの盾の正しさを証明するために。
「聖女を騙る魔族の回し者め! 我が『不落の盾』は、神の正義を信じる者のためにある! どんな闇の魔術であれ、私の前では無力だと知りなさい!」
激しく敵視するアイラの絶叫と共に、光の壁はその輝きをさらに増していく。 どんな攻撃も跳ね返す、頑ななまでの自己正当化の壁。
「いいわ、その自慢の盾がどれほど頑丈か、試してあげる」
私は静かに右手を掲げた。 その指先から、光を一切反射しない濃密な「闇」が、音もなく溢れ出し始めていた。




