第48話:闇に溶ける光
カレンが泣き叫びながら森の奥へと連行されていく声が消え、精霊の森には本来の、静謐でどこか厳かな空気が戻りつつあった。
私は、かつてカレンが座っていた白亜の塔のバルコニーに立ち、手すりに指を這わせた。指先に残る彼女の甘ったるい魔力の残滓を、自らの闇で静かに塗りつぶしていく。
「お姉様、何をなさっているのですか?」
背後からリリスが歩み寄る。その隣には、すっかり毒気が抜け、凛とした佇まいを取り戻したルナリエがいた。
「……少し、種を蒔いただけよ」
私が指を離すと、手すりの隙間から漆黒の霧が地面へと降り注ぎ、そこに奇妙な青白い花が芽吹いた。それは魔界の深層に咲く「忘却の月見草」。周囲の魔力を浄化し、精神を安定させる効果を持つ。
「これは……。魔界の植物が、この聖なる森で育つというのですか?」
ルナリエが驚きに目を見開く。
「ええ。光と闇、聖と魔。それらを完全に分かつから、争いが生まれるの。混ざり合い、補い合う土壌を作れば、森は以前よりも強くなるわ」
私はルナリエに向き直り、その肩にそっと手を置いた。
「ルナリエ。貴女にこの里の管理を任せるわ。魔王軍との連絡役、そして……。もし再び王国が『偽善』を盾に侵攻してきたら、その時は迷わず、貴女の意志でその胸を貫きなさい」
「……御意。この命に代えても、二度と誰にも、私たちの魂を弄ばせはしません」
ルナリエの言葉には、迷いのない鉄の意志が宿っていた。
数日後。 報告のために魔王城へと戻る道中、私は馬車の中で窓の外を眺めていた。 隣には、ルナリエとの主導権争いで少し機嫌を損ねているリリスが、むうっと頬を膨らませている。
「お姉様、あんなエルフの女、私がいれば必要ないじゃないですか。私の精神魔法の方が、よっぽどお役に立てますわ」
「あら。リリス、貴女は私の『影』。ルナリエは私の『盾』。役割が違うだけよ」
「……影。……ええ、そうですね! 影なら、お姉様に一番近く寄り添えますものね!」
単純なリリスは、それだけで顔を輝かせ、私の腕に抱きついてくる。その狂信的な熱量と、背後に控えるルナリエの静かな忠誠。
魔王城の黒い尖塔が見えてきた。 城門をくぐると、そこにはすでに私の帰還を待ちわびる魔族たちの視線があった。恐怖、敬意、そして期待。
謁見の間で待つゼノス様は、私を見るなり満足げに喉を鳴らした。
「戻ったか、アリシア。……ふん、ただの平定かと思えば、エルフの里を丸ごと懐に収めてくるとは。貴様は軍を指揮する将よりも、国を導く『魔女』の方が性に合っているらしいな」
「……過分な評価ですわ、陛下。私はただ、自分の庭を少し整えたに過ぎません」
私は深く一礼する。 その背後には、かつて私を裏切った者たちの絶望と、私を信じて付き従う者たちの新たな意志が、闇の衣となって渦巻いていた。
聖女という偽りの光が消えた後、私の周りには、より深く、より確かな「闇」が満ちていく。 その闇こそが、これからの世界を塗り替える真の光になることを、私はまだ知らない。




