第46話:真の共存
「が……っ、あ、あ……!」
喉を掴み上げられたカレンが、無様に足をばたつかせる。かつて「聖女の親友」を演じていた時の可憐な面影はどこにもなく、そこにあるのは死の恐怖に顔を歪めた、ただの臆病な女の顔だった。
「……殺しはしないわ。貴女のような女でも、まだ使い道はあるから」
私は彼女を床に叩きつけた。カレンは激しく咳き込みながら、震える手で地面を這い、私から距離を取ろうとする。
「……さて。エルフの皆さん、聞こえるかしら?」
私は塔のバルコニーから、ようやく意識を取り戻し始めたエルフたちを見下ろした。彼らは混乱し、互いの顔を見合わせ、そして自分たちが「女王」に何をされていたかを悟り、戦慄していた。
「貴女たちの『女王』は、ご覧の通りただの脆い人間よ。……彼女が与えた平和は偽物。でも、その後にあるのは、再び王国から迫害され、魔族に怯える日々よ。それが貴女たちの望む『自由』かしら?」
エルフたちの間に動揺が走る。 そこへ、ふらつきながらも立ち上がったルナリエが、血を拭い、毅然と私を見上げた。
「……アリシア殿。貴女は、私たちに何を求める。女王を倒し、今度は魔族の奴隷になれと言うのか?」
「いいえ。私は『対等な取引』を提案しに来たのよ」
私はルナリエの真っ直ぐな瞳を、闇の底から見据えた。
「この里を、魔王軍の庇護下に置く。ただし、税も供物もいらない。……代わりに、この森の知識と、貴女たちの『意志』を貸しなさい。魔族に屈するのではなく、共通の敵――あのような偽善で世界を塗りつぶす王国を倒すために、手を取り合うのよ」
「魔族と、手を取り合う……? そんなこと、あり得るはずが……」
「あり得ないと思うなら、そこで飢えて死ぬか、再び洗脳されるのを待てばいいわ。……ルナリエ。真の共存とは、相手を好きになることではない。互いの存在を認め、利用し合い、共に生き残るという『契約』よ」
カレンが作った「愛という名の支配」ではない、冷徹だが揺るぎない「契約による共存」。 エルフたちは沈黙した。しかし、その瞳にはもはや虚ろな光はなく、自分たちの足で立つという強い意志が宿り始めていた。
「……私は、貴女を信じたいわけではない。だが、貴女が提示したその『冷たい現実』は、あの女の甘い嘘よりもずっと、信頼に値するように思える」
ルナリエがゆっくりと片膝をついた。 それは服従ではなく、一人の戦士としての、新たな同盟への決意だった。




