第43話:エルフの守護者ルナリエ
「……下がりなさい。女王の領域を穢す魔女よ」
カレンの背後に控えていたエルフの少女――ルナリエが、静かに一歩前へ出た。 彼女の銀色の髪は月光のように輝いているが、その瞳は薄い桃色の霧に覆われている。カレンの『洗脳』が、彼女の魂を深い眠りへと誘っている証拠だ。
「お姉様、この子……強いわ。他の人形たちとは魔力の質が違う」
リリスが珍しく警戒の色を見せ、私の前に出ようとする。だが、私はそれを手で制した。
「リリス、貴女はカレンの雑兵を抑えて。この子は私が相手をするわ」
「——風を。我が敵を貫く、無慈悲な刃を」
ルナリエが囁くと同時に、三本の矢が同時に放たれた。 それらはただの矢ではない。精霊の力を纏い、軌道を自在に変えながら、私の死角——喉元、心臓、そして眉間へと正確に収束する。
「……無慈悲なのは、貴女ではなく、貴女を操っているその女よ」
私は動かない。 矢が私の肌に触れる寸前、私は右手を軽く振り上げた。
バチンッ!!
乾いた音が響き、三本の矢は私の掌の中でひとまとめに掴まれていた。 矢に込められた風の魔力が、私の手の中で虚しく霧散する。
「な……!? 素手で私の『旋風矢』を……?」
ルナリエの表情に、初めて亀裂が走った。洗脳されていても、戦士としての本能が目の前の存在の「異常さ」に警鐘を鳴らしているのだ。
「……ルナリエと言ったかしら。貴女の矢には迷いがある。カレンの魔法で無理やり心を塗り固めていても、貴女の深いところにある『正義』が、この茶番に吐き気を催しているのね」
「黙れ……! 女王様は、争いの絶えなかったこの森に安らぎをくれたお方だ! 私は、その恩に報いるだけ……!」
ルナリエは震える手で次の矢をつがえる。 だが、その目からは、意思に反して一筋の涙がこぼれ落ちていた。
「恩? 笑わせないで。彼女が与えたのは安らぎではなく、思考の停止よ。……見て、貴女の仲間たちの足を。貴女の指の震えを」
私はゆっくりと、彼女の間合いへ踏み込む。
「貴女の魂は、あんな女のために泣いている。……目を覚ましなさい、誇り高き森の守護者。私が、その『偽りの恩義』という名の鎖を、根元から焼き切ってあげるわ」
私の瞳に宿る闇が、ルナリエの桃色の瞳を射抜いた。 それは救済ではない。 自分自身の痛みと向き合わせるための、苛烈な現実の提示だった。




