第41話:精霊の森の異変
魔王城の謁見の間に、異様な光景が広がっていた。 連行されてきたのは、数名のエルフの難民たち。彼らはエルフ特有の美しい容姿を保ってはいたが、その瞳はハイライトが消え、まるで精巧に作られた蝋人形のように虚ろだった。
「……救済を。女王様に、救済を……」
一人のエルフが、うわごとのように繰り返す。その首筋には、薄く淡い桃色の光を放つ紋章が浮かび上がっていた。
「アリシア。貴様なら、この『不気味な平和』の正体がわかるのではないか?」
玉座で頬杖をつくゼノス様が、顎で難民を指し示す。 私はそのエルフに近づき、その額に指先を触れた。瞬間、私の指を弾くような、甘ったるくも粘り気のある魔力を感知する。
(……間違いないわ。この不快な感触、そして精神の奥底を書き換えるような構築式……)
それは、前世で「聖女」のパーティーメンバーだった魔導師、花音の固有魔法――『洗脳』の痕跡だった。
「精神への強制介入ですわ。それも、恐怖ではなく『全能感と多幸感』を与えて支配する、極めて悪趣味なやり方。……これを施された者は、自分が奴隷であることすら気づかず、幸せの中で魂を摩耗させていきます」
私は冷たく吐き捨てた。 かつて花音は「みんなが幸せなら、少しぐらい嘘があってもいいじゃない」と笑っていた。その自分勝手な正義感が、転生したこの世界で最悪の形で花開いているらしい。
「精霊の森を支配しているのは、カレンという名の『救済の女王』だそうだ。森の資源が止まり、周辺の亜人たちが次々とその軍門に降っている」
「……その女王様を、引きずり下ろせということですね?」
私の問いに、ゼノス様は愉快そうに口角を上げた。 「平定せよ。必要ならば滅ぼしても構わん。だが、あのような『空っぽの人形』をこれ以上増やされては、魔界の均衡が崩れる」
「承知いたしました」
私は一礼し、踵を返した。 背後では、リリスが目を輝かせながら私に付き従っている。
「お姉様、次はエルフ狩りですか? 楽しみですね、あのプライドの高い連中がどんな顔で絶望するのか」
「……いいえ、リリス。今回は狩りではないわ。……かつての『仲間』に、借りていたものを返しに行くだけよ」
私の瞳に、闇の色が深く沈む。 聖女を裏切り、背後から魔法を放った一人、花音。 彼女が作り上げたという「偽りの楽園」を、その土台から腐らせてあげるために、私は精霊の森へと足を踏み出した。




