第40話:新たな忠誠
離宮の床には、もはや言葉を解さぬ肉の塊と化したバロールたちが転がっていた。リリスの精神介入によって、彼らは私が見せた絶望の「ほんの一滴」を無限に追体験する地獄へと叩き落とされたのだ。
「……ふふ、あははは! ざまあないわね、バロール。お姉様の深淵を知ることもできずに、ただ焼かれて終わるなんて」
リリスは、かつてバロールの配下であったはずの残骸を冷たく見下ろし、それから弾かれたように私の方を向いた。彼女の瞳には、狂信的なまでの輝きが宿っている。
「お姉様、お片付けは私がすべて済ませておきます。……ああ、でも、その前に……お茶を淹れ直させてください。今度は私、最高の茶葉を用意しますから!」
「ええ、お願いするわ。リリス」
私が短く答えると、彼女はまるで極上の褒美をもらった子供のように、頬を染めて嬉々として動き出した。
翌朝。 魔王軍の虐殺派が一夜にして「自滅」したというニュースは、魔王城全体を震撼させた。 「残虐公」とその精鋭たちが、アリシアの離宮で精神を崩壊させ、再起不能となった事実。そして何より、あの冷酷なリリスがアリシアの影のように付き従っているという光景は、軍内の空気を一変させるに十分だった。
ゼノス様は、謁見の間の玉座に座り、私の後ろで恭しく控えるリリスを面白そうに眺めていた。
「……驚いたな。あのリリスを、ここまで完璧に飼い慣らすとは。アリシア、貴様は単に毒を撒くだけの存在ではないらしい」
「……私は何も。彼女が勝手に、私の内側に踏み込んできただけですわ」
私は淡々と答えた。 ゼノス様はゆっくりと立ち上がり、私たちの前まで歩を進める。
「人を壊す力を持つ者は多い。だが、壊した後の魂をこれほどまでに美しく塗り替え、心服させる磁場を持つ者は稀だ。……アリシアよ、貴様は今や魔王軍の『特務官』などという枠には収まらん。軍内の規律と精神を掌握する、我が軍の『聖域』となれ」
「陛下……。それは、私に軍の思想改革をしろと?」
「呼び方は何でもいい。だが、貴様の『毒』に魅入られた者は、リリスのように最強の盾となる。……面白い。これからの人間界との戦い、血の海ではなく、貴様の絶望で塗りつぶされる光景が見られそうだ」
ゼノス様は満足げに目を細め、リリスに視線を移した。
「リリス。貴様の主は、今この瞬間からアリシアだ。彼女の意志を我が意志とし、彼女を害する者は、それが誰であろうと滅ぼせ」
「……仰せのままに。ゼノス様」
リリスは深く頭を垂れたが、その忠誠の対象が誰であるかは、その鋭い視線が私の背中から一瞬たりとも離れないことで明らかだった。
(……思いがけず、厄介な影がついてしまったわね)
私は窓の外に広がる魔界の空を見つめた。 家族を守るための「力」を求めてここへ来た。けれど、気づけば私の周囲には、かつての私と同じように、行き場を失い、私の闇に救いを求める者たちが集まり始めている。
「……お姉様、次はあちらの派閥を叩き潰しますか? それとも、王国の偵察を?」
耳元で囁くリリスの温度。 聖女という偽りの光を失った私の手には今、決して消えることのない、漆黒の忠誠が握られていた。




