第35話:甘い罠
「これ、リリスの手作りなんです! お口に合うと嬉しいな」
リリスは花が咲くような笑顔で、色鮮やかなマカロンを差し出してきた。 私の向かい側に座り、小首をかしげて反応を待つ姿は、どこからどう見ても無害で愛らしい「妹分」そのものだ。
だが、私の鼻は誤魔化せない。 マカロンに練り込まれた、微かな薬草の香り。そしてリリス自身から放たれる、獲物を麻痺させる捕食者の魔力。
「……素敵。ちょうど甘いものが欲しかったところよ」
私は躊躇なく、そのマカロンを一つ手に取った。 リリスの瞳が、歓喜でわずかに細まる。
(……『夢幻草』の粉末、それに精神を弛緩させる『忘却の滴』。よくこれだけ詰め込んだわね。普通の魔族なら、一口で理性を手放して人形になるわ)
私はそれをゆっくりと口に運ぶ。 サクリ、と繊細な生地が砕け、濃厚な甘みと共に、毒素が舌の上から神経へと浸透していく。
「どうですか、お姉様?」
「ええ……とても美味しいわ。……なんだか、少し体が温かくなってきた気がする」
私はわざとらしく、視線をふらつかせ、手元からティーカップを滑らせた。 カチャン、と乾いた音がして、カップがソーサーの上で不安定に揺れる。
「あら……? 急に、眠気が……」
「まあ! 大丈夫ですか? きっと初陣のお疲れが出たのね。……少し、横になりましょうか?」
リリスが席を立ち、私の背後に回る。 その手は優しく私の肩に置かれたが、次の瞬間、彼女の声から「無邪気さ」という名のメッキが剥がれ落ちた。
「ふふ、あははは! 案外、チョロいのね。全属性Sランク? 王国を半壊させた魔女? 笑わせないで。所詮は人間の小娘、私の毒の前では無力だわ」
背後から、リリスの冷たい魔力が私の後頭部を包み込む。 彼女の指先が、私のこめかみに触れた。
「さあ、お姉様。楽にしてあげる。……貴女の綺麗な思い出も、隠している弱点も、全部私が食べてあげるから」
「……そう。それが貴女のやり方なのね」
私は虚空を見つめたまま、微かに微笑んだ。 毒は確かに私の体を回っている。だが、私の魔力はそれすらも「燃料」として取り込み、内なる深淵を活性化させていた。
「え……? 何、笑って……」
「いいわよ、リリス。……覗きなさい。私の内側、その底の底まで。……ただし、戻ってこられる保証はしないけれど」
「強がりを! 『深層意識への葬列』!!」
リリスが叫ぶと同時に、私の視界が真っ黒に塗りつぶされた。 意識が急速に引きずり込まれていく。
私という人間の、最も深くて、最も暗い……前世から続く「絶望の貯蔵庫」へと。




