第30話:偽りの正義への引導
「……レオ、あがいても無駄ですよ。この『檻』の中では、貴方の叫びは誰にも届かない」
私は、うずくまるレオの目の前で冷たく言い放った。 精神を削る静寂の中、私は懐から一束の書簡を取り出し、それを彼の足元に放り投げた。それは、私が魔王城の図書室で見つけた、王国の「不都合な真実」を記した極秘資料の写しだ。
「な……これは……?」
震える手でレオが資料を拾い上げる。そこには、アルカディア砦への補給物資が王都の貴族たちによって横領されていた事実、そして、今回の「公開討伐」失敗の責任を前線の騎士たちに擦り付け、彼らを切り捨てようとしている王都議会の決定が詳細に記されていた。
「貴方たちが死守しようとしている『正義の国』の正体よ。彼らは貴方たちを『盾』とは見ていない。ただの『使い捨ての駒』だと思っているの。……現に、この砦が私の闇に包まれてから数時間が経つけれど、王都から救軍の気配は微塵もないわ。そうでしょう?」
「そ、そんなはずは……! 国王陛下は、我らを見捨てたりはしない!」
「陛下? 彼は今頃、新しい愛妾と建国祭の余韻に浸っているわ。……貴方がたがこの闇の中で孤独に震えている間もね」
私はレオの顎をクイと持ち上げ、その曇った瞳を覗き込んだ。 前世の私が、死の直前に見た光景と同じだ。信じていたものに裏切られ、冷たい地面に這いつくばる絶望。
「レオ、貴方はかつて私に言ったわね。『騎士として民を守る』と。……なら、教えて。今、貴方がここで死ぬことで、どの民が救われるの? 貴方が死ねば、ここにいる三千人の兵士たちの家族は、明日から誰を頼ればいいのかしら?」
「…………っ」
「王宮が認める『正義』なんて、ただの都合のいい言葉に過ぎない。……そんなもののために、貴方の命も、部下たちの命も投げ出す価値なんてないのよ」
私の声が、魔法の反響に乗って砦の隅々にまで届く。 兵士たちの瞳から、戦意が急速に失われていくのがわかった。彼らが握っていた剣は、もはや国を守るための誇りではなく、自分たちの人生を縛り付ける重石に変わっていた。
「……正義を捨てなさい、レオ。そうすれば、貴方は一人の人間に戻れるわ」
私はレオから手を離し、静かに立ち上がった。 かつて私が、自分を殺した「正義」に引導を渡したように。今度は私が、この砦に閉じ込められた者たちの「盲信」を、根底から破壊してあげる。




