第3話:摩耗する心
「……また、魔法少女のせいで」
テレビのニュースキャスターが、沈痛な面持ちで瓦礫の山を映し出していた。 「外神」の影響により出現する怪物の被害。救えなかった命。壊れた街。 画面の下部には、SNSでの反応がテロップで流れる。
『エトワールの新曲とかどうでもいいから、仕事しろよ』 『昨日も俺の家が壊された。あいつら、安全な場所で笑ってるだけじゃないか』
世論の風向きは、劇的に変わりつつあった。 魔法少女を「救世主」として崇めていた人々は、被害が拡大するにつれて、彼女たちを「特権階級の怠慢者」として叩き始めた。
その批判の矛先から逃れるように、チーム「エトワール」の拠点は静まり返っていた。
「ねえ、聞いてよ。私のSNS、炎上しちゃって大変なの。……信じられない。私たちがどれだけ頑張ってあげてると思ってるの?」
美咲がソファに深く沈み込み、スマホを投げ出した。 詩織も、蘭も、未来も、誰もパトロールに出ようとはしない。外に出れば罵声を浴びせられ、石を投げられることもある。彼女たちにとって、魔法少女とは「賞賛されるための手段」であり、憎まれ役を買って出るためのボランティアではなかった。
「……パトロール、私が行ってくるね」
作戦室の隅で、一人で装備を整えていた聖良が静かに言った。
「えっ、大丈夫? 聖良ちゃん。今、外に行くと『もっと早く倒せ』とか言われて、メンタル削られるよ?」
未来が、パックをしながら他人事のように言う。
「でも、誰かが行かないと。外神の侵食が進めば、もっと多くの人が死んじゃう」
「……そうね。聖良なら、どんなに叩かれても平気そうだもんね。鋼のメンタルっていうか、無神経っていうか」
詩織の何気ない一言が、聖良の胸に刺さった。 平気なはずがない。罵声を浴びれば悲しいし、向けられる憎悪の視線には、足がすくみそうになる。 けれど、自分が動かなければ誰も動かない。自分が戦わなければ、目の前の悲劇は終わらない。その責任感だけが、かろうじて彼女を繋ぎ止めていた。
外に出ると、案の定、冷たい空気が聖良を包んだ。
「おい! エトワール! さっさとあいつ(怪物)を殺せよ!」 「税金泥棒! 私たちの家を返せ!」
戦場に向かう道中、浴びせられる言葉に、聖良はただうつむいて歩く。 衣装のフリルを握りしめる手が、小刻みに震えていた。
その日の戦闘は、過酷を極めた。 次々と現れる怪物の群れ。聖良は一人で四方八方からの攻撃を凌ぎ、魔力弾を放ち続ける。 防御魔法の結界は何度も砕かれ、鋭い爪が彼女の腕を、脚を、脇腹を深く切り裂いた。
「っ……あ……ぐっ……!」
痛みで視界が点滅する。 本来なら、蘭が前に立ち、未来が後ろから癒やし、詩織が弱点を見抜き、美咲がとどめを刺すはずの戦い。 それを一人でこなすのは、限界を超えていた。
ようやく最後の一体を仕留めたとき、聖良は血の混じった泥水の中に倒れ込んだ。
「……終わ……った……」
満身創痍の体を引きずりながら、街を見渡す。 そこには、自分を罵倒していた人々が、安全を確認して逃げ出していく背中が見えた。 ありがとう、と言ってくれる者は一人もいない。
夜遅く、ボロボロになって拠点に戻ると、リビングからは楽しげな笑い声が漏れていた。
「あ、聖良。お帰りー。冷蔵庫にピザの残りあるから。あ、あと明日の朝一で、政府への定例報告お願いね。私たち、明日からバカンスってことにして、ほとぼりが冷めるまで別荘に隠れるから」
美咲が、旅行雑誌を片手に明るく言った。 彼女たちの服は今日も綺麗で、髪は丁寧にセットされている。
「……みんなで、行くの?」
「当たり前じゃない。今、四人で写ってる写真アップしたら、また叩かれるし。聖良は『一人で健気に街を守る守護神』って設定でここに残ってよ。そのほうが同情票も集まって、エトワールの好感度も回復するだろうし」
戦略家を自称する詩織が、自信満々に微笑む。
聖良は、声が出なかった。 自分の体から流れる血が、カーペットを汚していく。 けれど、彼女たちはそれに気づこうともしなかった。いや、気づいていても、「聖良なら大丈夫」という魔法の言葉で思考を止めているのだ。
(心が……摩耗していく……)
聖良は、自室の狭いベッドに倒れ込んだ。 治癒魔法を使う気力さえ残っていない。 ただ、冷たい指先で、首元に刻まれた魔法少女の紋章をなぞる。
かつては希望の証だと思っていたそれが、今は自分を焼き尽くすまで離さない「生贄の印」のように感じられた。
終焉の足音は、着実に、そして確実に彼女の背後に迫っていた。 聖良が守り続けていた「正義」という名の檻が、ついに壊れようとしていた。




