第28話:鉄壁の砦と「かつての同僚」
漆黒のドームが空を覆い、アルカディア砦は真昼から一転して闇に包まれた。
「なんだ、これは……!? 通信が繋がらない! 王都への伝令魔法も遮断されているぞ!」 「落ち着け! 防衛結界を最大出力で展開しろ!」
壁の上で怒号が飛び交う。砦の心臓部にある巨大な魔導水晶が光を放ち、対魔族用の多層結界が幾重にも重なって砦を包み込んだ。それは、過去の戦争で一度も破られたことのない王国の誇りだ。
私はその「光の膜」の数メートル前で足を止めた。
「……相変わらずね。外側の守りだけは立派だけれど、内側の脆さは変わっていない」
私の声は、増幅魔法を使わずとも結界の振動を伝わり、砦の隅々にまで響き渡った。
「貴様、何者だ! 魔王軍の新たな走兵か!」
最前線の防壁に、一人の男が躍り出た。 レオ――副騎士団長となった彼は、白銀の鎧を纏い、私に向けて剣を突きつけた。かつて私が「守るための剣」を説いた少年は、今や王国の盾となり、迷いのない瞳で私を見据えている。
「……お久しぶりですわね、レオ。少し、背が伸びたかしら」
「な……!? なぜ、私の名を知っている。それにその声……まさか、アリシア・ベルンシュタインか!?」
砦にどよめきが走る。 『無能』として王都を追われ、建国祭で王宮を半壊させて消えた「反逆の令嬢」。彼女が魔王軍の特務官として現れた事実は、兵士たちにとって魔獣の襲来よりも恐ろしい衝撃だった。
「アリシア殿……! 乱心されたのですか!? 貴女の家は名門ベルンシュタイン。王国の正義を支える誇り高き血統のはずだ!」
「正義、ですか……」
私は小さく、くすりと笑った。
「レオ。貴方が今守っているその『正義』は、私がお腹を空かせて泥を啜っていた時、どこにいたのかしら? 私が王子の身勝手で首輪を嵌められていた時、その剣は私を助けてくれた?」
「それは……っ! 王宮の事情は私にはわからない! だが、騎士として、民を守る砦を魔族に渡すわけにはいかない!」
レオの叫びは、誠実だった。 彼は本気で、自分たちが「善」であると信じている。その純粋さが、かつての私と同じで、ひどく滑稽で、少しだけ哀れだった。
「いいでしょう。なら、その誇りごと壊して差し上げますわ」
私は右手を結界に触れさせた。 パチパチと聖なる光が私の指先を焼こうとするが、私はそれを無視して「闇」を流し込む。
「『法則崩壊』」
かつて私が聖女として、この砦を守るために編み上げた結界の「構築式」。 その作成者である私に、破れないはずがない。
パリンッ!!
ガラスが割れるような音と共に、王国が数百年守り続けてきた「絶対防御」が、ただの少女の指先一つで粉々に砕け散った。
「ば、馬鹿な……!? 王国最強の結界が、一瞬で……!」
絶望が、冷たい風となって砦の中を駆け抜ける。 武器を握る兵士たちの手が震え始めた。
「さあ、レオ。騎士としての誇りが、この圧倒的な絶望を前にどこまで持つか、試してみましょうか」
私は砕けた光の破片を導き、まるで絨毯を歩くかのように、静かに砦の敷地内へと足を踏み入れた。




