第27話:特務官アリシアの初陣
「鉄壁のアルカディア砦……。ここを三日で落とせ、と?」
魔王城の作戦会議室。並み居る魔族の将軍たちが私を値踏みするような視線を送る中、私はゼノス様から提示された地図を指先でなぞった。
アルカディア砦。 切り立った断崖絶壁に築かれたその要塞は、王国の防衛ラインの要だ。前世の私が「聖女」として加勢した際も、魔王軍の猛攻を半年間耐え抜いた「不落の象徴」である。
「どうした、アリシア。かつての同胞を手に掛けるのは、やはり忍びないか?」
玉座で足を組むゼノス様が、試すような笑みを浮かべる。
「まさか。ただ……『三日』もかけるのは、少々時間の無駄だと思いまして。今週末は家族と領地のハーブティーを飲む約束があるのです。……今日中に終わらせてもよろしいでしょうか?」
会議室が静まり返った。 「……貴様、増長するなよ!」 一人の将軍が机を叩いて立ち上がる。 「あの砦には、王国が誇る精鋭三千と、対魔族用の超大型結界が展開されているのだぞ! 我ら四天王の軍勢を以てしても――」
「軍勢? いりませんわ、そんな邪魔なもの」
私はバルバスから差し出された軍の指揮権を、手で遮った。
「軍を動かせば、それだけ死人が出ます。死体の片付けも、遺族の恨みを買うのも、後々の『管理コスト』がかさむだけですわ。私は、私一人で十分です」
私はそれだけ言い残し、翻るマントと共に会議室を後にした。 背後からバルバスの「フン、面白いものが見られそうだ」という低い笑い声が聞こえた気がした。
数時間後。 アルカディア砦の監視兵たちは、信じられない光景を目にしていた。
荒野の向こうから、軍勢ではなく、ただ一人の少女が歩いてくる。 銀色の髪を風になびかせ、手には武器すら持たず。
「止まれ! それ以上近づけば射殺する!」
砦の壁上から、警告の矢が私の足元に突き刺さる。 私は立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。 視力強化の魔法を使わずとも、壁の上に立つ騎士たちの顔がはっきりと見える。
(……ああ、懐かしい顔がいるわね)
その中の一人、若き副騎士団長レオ。 前世で、まだ見習いだった彼に私は「剣は誰かを守るために振るうものよ」と教えたことがあった。今の彼は、いかにも「正義の味方」らしい凛々しい顔つきで、私を――かつての憧れを汚す「魔女」を、敵意に満ちた目で見下ろしている。
「……始めましょうか。私の『無欠』の初陣を」
私は地面に片手をついた。 魔王から与えられた闇の魔力と、前世から持ち越した聖なる制御力。その二つを混ぜ合わせ、大地へと流し込む。
「『隔離結界・静寂の檻』」
ドォォォォン……と、地響きのような音が鳴り響く。 砦の周囲数キロメートルを覆い尽くす、天まで届くほどの漆黒のドームが、一瞬にして出現した。
外部からの光も、音も、そして魔法通信も。 アルカディア砦は、世界から完全に切り離された「密室」へと変貌した。
パニックに陥る砦の内部。 私はその混乱を肌で感じながら、ゆっくりと門の方へと歩き出した。 殺す必要はない。ただ、彼らが信じている「正義」がいかに脆く、救いのないものであるかを、これからじっくりと教えてあげるのだから。




