第26話:黒い契約と新たな居場所
ゼノスは満足げに玉座へ深く腰を下ろすと、その長い指先を私へと向けた。
「良いだろう、アリシア。貴様のその『毒』、私が預かろう。貴様を縛る王国も、貴様を利用しようとする正義も、我が軍門に立ち入ることは許さん。……ただし、対価は必要だ」
魔王の瞳が妖しく光る。
「貴様には魔王軍の『特務官』として、我が刃となってもらう。私の命じる任務を完遂せよ。その代わりに、貴様が隠した家族の住まう地を、魔王軍の総力を以て『絶対不可避の聖域』として保護することを約束しよう。――不服はあるか?」
「……いえ。対等な取引として、お受けしますわ」
私は迷いなく答えた。 誰かの下に付くのではない。これは、家族の安寧という、世界で最も高価な買い物をしたに過ぎない。
ゼノスが指を鳴らすと、虚空から漆黒の霧が立ち上り、私の右手にまとわりついた。 通常、魔王との契約は「隷属の紋章」として刻まれる。だが、私の内側から溢れ出す全属性Sランクの魔力が、その霧を自身の意思で制御し、組み替えていく。
(……魔王の力すら、私の糧にしてあげる)
霧は私の右手の甲で、魔王の紋章ではなく、自らの魔力で編み上げた繊細な「闇の蓮華」の刻印へと姿を変えた。 それは、私が魔王に従う「犬」ではなく、対等な「協力者」であることの証明だった。
「……ほう。私の呪印を自分の魔力で上書きするとはな。どこまでも不遜な女だ」
ゼノスは呆れたように、だが愉快そうに目を細めた。
「バルバス。アリシアに城内の離宮を与えよ。以後、彼女の行動を妨げることは、私への反逆と見なす」
「はっ! 謹んで承りました!」
バルバスが力強く応え、私に向かって不敵な笑みを浮かべた。かつては戦場で殺し合った宿敵同士。それが今、同じ旗の下で肩を並べている。
「……アリシア、これで居場所ができたな」
バルバスの言葉に、私は窓の外に広がる漆黒の夜空を見つめた。 ここには、王宮のような偽りの光も、エドワードのような卑劣な嘲笑もない。ただ、強者が強者として認められる、剥き出しの真実があるだけだ。
(お父様、お母様……。私はもう、誰の顔色もうかがわない。……あなたたちが笑っていられる世界を、この闇の中から作り上げてみせるわ)
私は右手の黒い刻印を愛おしそうに撫でた。 もはや、私は聖女でも、正義の魔法少女でもない。 愛する者のために世界を屠り、理を書き換える「深淵の魔女」。
新たな居場所を手に入れたアリシアの物語は、ここから加速していく。




