第25話:偽りの正義、真実の執着
「……聞かせてやろう。貴様が何を捨て、何を拾ったのかを」
ゼノスの言葉に応えるように、私はゆっくりと口を開いた。玉座の間に流れる重圧の中、私の声だけが静かに、だが鋭く響き渡る。
「私は人間を裏切ったのではありません。……ただ、偽物の正義を捨てただけです」
脳裏をよぎるのは、前世の忌々しい光景。 『世界を救え』『平和のために死ね』。そんな甘い言葉を吐きながら、私の心身を削り、最後には使い古した道具のように背中から刺した、かつての「仲間」たちの顔。
「前世の私は、世界を救いました。……ですが、救った後に残ったのは、冷たい石床の上で流れる自分の血の音だけ。感謝の言葉も、温かい食事も、明日を願う自由も……何一つ、得られませんでした」
私は自分の右手をじっと見つめた。 今、その手にはどす黒い闇が渦巻いている。
「けれど、今世は違いました。……魔力もない『無能』だと言われた私に、お粥を吹き、泥だらけの手で抱きしめてくれた人たちがいた。何一つできなくてもいい、ただ生きていてくれればいいと、理由のない愛をくれた人たちがいたんです」
私の声が、わずかに熱を帯びる。
「正義なんて、所詮は都合のいい多数決でしかない。……そんな不確かなもののために、私に初めて『無償の愛』を教えてくれた人たちを、二度と犠牲にはしません」
私はゼノスの瞳を真っ向から見据え、一歩踏み出した。
「もし、その人たちが笑っていられる世界を維持するために、人類すべてを敵に回す必要があるのなら……私は喜んで、人類の敵になりましょう。私が守りたいのは、世界ではなく、私の隣にいる人たちだけ。……それだけが、私の真実の執着です」
言い終えた瞬間、私の足元から闇の魔力が爆発的に広がり、玉座の間の床を黒く染め上げた。 それは「聖女」が最も遠ざけていた、エゴイズムという名の深淵。
バルバスは息を呑み、魔王軍の幹部たちはその異様な気迫に圧倒されて言葉を失っている。
ゼノスはしばらくの間、無言で私を見つめていた。やがて、その薄い唇がゆっくりと弧を描く。
「……面白い。数多の英雄や魔族を見てきたが、これほどまでに純粋で、苛烈な『私欲』は初めてだ。……アリシア、貴様のその執着は、この世界の理すらも塗りつぶす毒になるぞ」
「毒で結構ですわ。……大切なものを守るためなら、私はどんな魔女にだってなって見せます」
私は不敵に微笑み返した。 世界を愛さなくなった「聖女」は、今、一人の男(魔王)の前で、自分だけの正義――「家族への執着」を完全に肯定したのだ。




