第23話:魔王城への招待
バルバスの背を追い、亡霊平原を北へと進む。 かつては「人類の禁足地」として、侵入することさえ禁じられていた魔領。前世の私なら、ここへ来る時は常に決死の覚悟で、周囲の魔族を殲滅しながら進んでいたはずだ。
けれど今は、殺意の波を浴びることもない。バルバスという巨頭が先導していることもあるが、それ以上に、私から溢れ出す「闇」の魔力が、周囲の下級魔族たちを本能的な恐怖で平伏させていた。
「……バルバス。魔王城へ行くのは構わないけれど、勘違いしないで。私は別に、魔族の軍門に降るつもりはないわ」
私の言葉に、前を歩くバルバスの肩が微かに揺れた。笑っているのだ。
「フン、わかっている。貴様のような暴れ馬が、誰かの下につくなど想像もできん。だがアリシア、貴様は今、世界で最も『浮いた』存在だ。人間からは叛逆者として追われ、居場所はない」
バルバスは足を止め、遠くにそびえ立つ漆黒の城――魔王城を指差した。
「王国はいつか、貴様の家族を見つけ出すだろう。執念深い奴らだ、一度つけた『利用価値』を簡単に手放すはずがない。奴らの魔の手から家族を完全に守り抜くには、人間社会の法を無視できる、絶対的な『力』の裏付けが必要だ」
(……図星ね)
私が家族を隠した結界は強力だが、永遠ではない。王国が総力を挙げ、禁忌の探知魔術を使えば、いつかは綻びが出る。 私一人で世界を敵に回して戦い続けることはできる。けれど、父と母が、その戦いの余波で傷つくことだけは耐えられなかった。
「……魔王の庇護があれば、家族の安全は保障されるの?」
「ゼノス様は強者を愛される。貴様がその価値を示せば、貴様の望む『安息』くらい、造作もなく与えてくださるだろうよ」
私は沈黙し、黒い城を見つめた。 皮肉なものだ。正義の味方として戦っていた頃は、一度も得られなかった「安全な生活」を、かつての敵に求めることになるなんて。
やがて私たちは、重厚な魔王城の正門に辿り着いた。 そこには、魔王直属の近衛兵たちが立ち並んでいたが、私の姿を見た途端、彼らの顔から余裕が消えた。
「バルバス様……その少女は、一体……」
「客分だ。ゼノス様への謁見を申し出る」
バルバスの一言で、騒つく兵士たちを横目に門が開く。 城の内部は、王宮のような華美な装飾はないが、圧倒的な「力」の残滓が壁の一つ一つに刻み込まれていた。
長い廊下を抜け、巨大な黒大理石の扉の前に立つ。 その向こう側から、肌を刺すような、それでいてどこか心地よいほど冷徹な魔力が漏れ出していた。
「……来い、アリシア。ここから先は、貴様の『意志』次第だ」
バルバスが重い扉を押し開く。 その奥、高い玉座に座る一人の男の姿が見えた。 深い闇色の髪に、全てを見透かすような冷徹な瞳。
魔王ゼノス。
彼と目が合った瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。 それは恐怖ではない。自分と同じ、あるいはそれ以上の「孤独」と「力」を持つ存在への、魂の共鳴だった。




