第22話:かつての敵、今の「同類」
「……この魔力の高まり、そしてこの不遜な物言い。身に覚えがありすぎるぞ、小娘!」
バルバスが咆哮し、巨大な戦斧を振り下ろした。 ただの一振りで、亡霊平原の硬い大地が数百メートルにわたって裂け、衝撃波が津波となって私を飲み込もうとする。
だが、私は一歩も動かない。
『空間干渉・絶対切断』
私の指先が空をなぞると、バルバスの衝撃波は私に触れる直前、次元の裂け目へと吸い込まれるようにして霧散した。
「なっ……!? 魔力による相殺ではなく、空間そのものを弄んだというのか!?」
「驚くのは早いわ、バルバス。貴方の攻撃パターンは、目をつぶっていてもわかる。……大振りの後は、必ず左からの追撃が来るでしょう?」
私は『縮地』を使い、一瞬で彼の懐へと潜り込んだ。 バルバスの赤い瞳が驚愕に大きく見開かれる。
「――ッ! 死ねぇ!」
彼は戦斧の柄で私を突き飛ばそうとするが、私の掌が彼の胸当てに触れた方が早かった。
『極大圧縮・黒雷』
至近距離で炸裂した黒い雷が、バルバスの巨体を後方の岩山まで吹き飛ばした。 ズドォォォォォォン!! という轟音と共に、岩山が粉々に砕け、土煙が舞い上がる。
「……ふぅ。やっぱり、人間相手よりずっと手応えがあるわね」
私は荒い息を吐きながらも、どこか晴れやかな気分だった。 エドワードのような卑怯な策を弄する小悪党ではなく、純粋な武を振るう強者との命のやり取り。それが、私の内側に眠る戦士の魂を呼び覚ます。
土煙の中から、バルバスがゆらりと立ち上がった。 鎧の一部は砕け、口角からは血が流れている。だが、その顔には戦慄ではなく、狂気じみた歓喜が浮かんでいた。
「ハ……ハハハ! 確信したぞ! この戦い方、この苛烈さ。貴様、あの忌々しい魔法少女、星野聖良か!」
「……今のアリシア・ベルンシュタインという名の方が気に入っているけれど。……よくわかったわね、筋肉馬鹿」
「忘れるものか! 俺の角をへし折り、魔王軍を三度も壊滅に追い込んだ女の魔力など! だが……」
バルバスの笑みが消え、鋭い視線が私を射抜く。
「なぜだ。聖なる光の化身だった貴様が、なぜ魔族よりも深い『闇』を纏っている。人間を辞めたというのか? 守るべき世界を裏切ったのか?」
「裏切った……? 面白いことを言うわね」
私は、自分の手のひらを見つめた。 そこにはもう、世界を救うための「光」はない。
「私は人間を裏切ったんじゃないわ。ただ……『便利屋』を辞めただけよ。世界を救うために私を使い潰し、最後には笑って背中から刺すような連中のために、もう指一本動かさないと決めたの」
私はバルバスに向けて、冷たい微笑を浮かべた。
「今の私は、私の愛するもの――家族を守るためだけに、この力を使う。そのためなら、私は人類を滅ぼす魔女にだってなるわ。……ねえ、バルバス。貴方たち魔族の方が、よっぽど筋が通っているんじゃないかしら?」
バルバスは沈黙した。 かつては「絶対的な正義」として対峙していた宿敵が、自分たちと同じ、あるいはそれ以上に深い闇に身を落としている。その事実に、彼は何を感じたのか。
やがて、バルバスはゆっくりと戦斧を収めた。
「……面白い。最高に面白いぞ、アリシア。貴様のような傑物が、人間どもの皮を脱ぎ捨てたというのなら、それは魔王軍にとってこの上ない好機だ」
バルバスは不敵に笑い、私に向かって手を差し出した。
「ついて来い。貴様が『人間を裏切った』のか、それとも『真実を選んだ』のか……我が主、魔王ゼノス様がお裁き下さるだろう」
私はその手を取ることはしなかったが、静かに頷いた。 王国も、正義も、もういらない。 私は私を守るために、さらなる深淵へと足を踏み入れる。




