第21話:亡霊平原の沈黙
王都を後にした私は、その足でベルンシュタイン領へと飛んだ。 驚き、涙を流す両親を説得する時間はなかった。私は王宮が追手を差し向けるより早く、事前に用意していた「安全圏」へと二人を移送した。かつて調査の過程で見つけておいた、地図にも載っていない古い隠れ里。そこに強力な認識阻害の結界を何重にも施し、私は再び空へと舞い上がった。
(……これで、しばらくは大丈夫。あそこなら、王国の魔導師たちでも数年は見つけられない)
家族を隠し終えた瞬間、私の心から「娘」としての柔らかな輪郭が消えていった。 代わりにせり上がってきたのは、心臓を貫かれたあの瞬間から続く、冷徹な戦士としての覚悟。
向かった先は、人間と魔族の勢力が拮抗する境界線――「亡霊平原」。 常に灰色の雲が垂れ込め、かつての大戦で散った者たちの怨念が渦巻く、生きるものには不毛の地。追っ手を撒くには、ここが一番都合が良かった。
ザッ、ザッ。
荒れ果てた大地を、一歩ずつ踏みしめる。 背後から、凄まじい威圧感が迫っていた。それは王宮の騎士たちの、規律の取れた冷たさではない。もっと本能的で、破壊そのもののような、熱い殺気。
「……ようやく見つけたぞ。王都を半分吹き飛ばした『銀髪の化け物』というのは、貴様のことか」
背後で響いたその声に、私は足を止めた。 聞き覚えがあった。前世で、何度も、死ぬほど何度も刃を交えた男の声だ。
「……バルバス」
私が振り返ると、そこには漆黒の鎧を纏った巨漢が立っていた。 魔王軍四天王の一人。かつて私が魔法少女「エトワール」として戦っていた頃、戦場で互いの血を最も多く流し合った、最大の宿敵。
「……ほう。なぜ貴様が俺の名を知っている? 人間の小娘が」
バルバスの赤い瞳が、私を射抜く。 その双眸には、驚愕が宿っていた。目の前にいるのは、か弱き貴族の令嬢。だが、そこから溢れ出している魔力は、かつて彼を窮地に追い詰めた「あの女」と同等、あるいはそれ以上の深度を持っていた。
「貴様……その魔力、どこで手に入れた。人間の身で『闇』を、それもこれほど純粋な絶望を孕んだ闇を使いこなすとは」
バルバスが背負った巨大な戦斧を抜く。大気がビリビリと震え、平原に漂う亡霊たちが恐怖で霧散していく。
「……手に入れたんじゃないわ。これは、私が捨てたものの成れの果てよ」
私は右手をかざした。 かつては「光」を纏っていたその手には今、重く、淀んだ黒い雷が収束していく。
「バルバス。貴方は前世でもしつこかったけれど、今世でも真っ先に現れるのね」
「前世だと……? 貴様、何を言って――」
「話は、私の魔法を耐えきってからにしてもらえるかしら。……今の私は、以前より少しだけ『加減』が苦手なの」
私の周囲で、重力そのものが書き換えられたように石が浮き上がる。 全属性魔法、その一端。 亡霊平原の静寂が、一瞬にして消し飛んだ。
かつての宿敵との再会。 それは、私が人間という枠を捨て、「魔」の領域へと足を踏み入れたことを告げる、号砲でもあった。




