第19話:公開討伐、あるいは鏡の崩壊
建国祭のメイン会場である中央広場は、熱狂に包まれていた。 円形闘技場の中央には、巨大な鋼の檻。その中に繋がれているのは、森の王と恐れられる「黒角の魔獣」だ。
「さあ、国民諸君! 今日、我らが第3王子エドワード殿下が、この怪物を自らの手で討伐する! 王家の血に宿る真の力、その目に焼き付けるがいい!」
実況の声に、民衆が地響きのような歓声を上げる。 エドワードは黄金の装飾が施された「聖剣」を掲げ、観衆に手を振っていた。その姿はまさに、英雄そのものだった。
だが、その背後。 『認識阻害』の魔法で誰の目にも映らない場所で、私は冷たい砂の上に跪いていた。 首に嵌められた『従属の首輪』が、主人の高揚感に反応してジリジリと私の神経を焼く。
(……ああ。この景色、知ってる)
前世の記憶が、鮮明なカラーとなって脳裏にオーバーラップする。 スタジアムの照明、鳴り止まない「エトワール」へのコール。 私はいつも、カメラの死角で泥を啜りながら、美咲が振るう剣に合わせて魔力を放っていた。
『聖良、最大出力よ! 私をもっと輝かせなさい!』
前世の仲間の声が、エドワードの傲慢な思考と重なる。 彼の手にある聖剣が、太陽の光を反射して眩しく輝いた。
「おい、アリシア。準備はいいか。僕が剣を振り下ろす瞬間に、あの魔獣の四肢を焼け。ただし、僕の剣から光が出ているように見せるんだぞ。いいな?」
エドワードの念話が、首輪を通じて脳内に響く。 私は返事もせず、ただ静かに檻の中の魔獣を見つめた。 魔獣の瞳には、死への恐怖と、人間に弄ばれることへの深い憎悪が宿っていた。
(……私と、同じね)
檻が解放された。 魔獣が咆哮を上げ、エドワードに向かって突進する。 「ひっ……!」 王子は一瞬、恐怖で足をすくませた。だが、すぐに背後の私を思い出し、虚勢を張って剣を構える。
「くらえ! 僕の聖なる一撃を!」
王子が剣を大きく振りかぶる。 観衆が息を呑む。 台本通りなら、ここで私が『極大火炎魔法』を放ち、魔獣を焼き尽くすと同時に、光の演出で王子の剣を飾るはずだった。
だが。
(……もう、いいわ)
私は魔法を練り上げた。 けれど、それは魔獣に向けるためのものではなかった。
自らの内側に、あえて「枷」を壊すほどの暴走的な魔力を循環させる。 『従属の首輪』が主への反逆を検知し、私の首に激痛を走らせた。脳を直接剣で突き刺されるような、意識が遠のくほどの痛み。
『あ、アリシア!? 何をしている! 早く魔法を放て! 脳を焼かれたいのか!』
エドワードの悲鳴のような念話。 私は痛みに耐え、血の混じった笑みを浮かべた。
(焼けばいいわ。……でも、私の心を縛る鎖は、もうそこにはないの)
私の脳裏に、前世の最期の光景が浮かぶ。 裏切られ、心臓を貫かれたあの瞬間。 そして今世で、お守りを踏みにじられたあの瞬間。
二つの「絶望」が、私の魂の中で溶け合い、真っ白な光へと変わっていく。
「――私は、誰の影でもない」
私が呟いた瞬間、首輪が限界を超えて火花を散らした。 パキィィィィィィン!! 甲高い音と共に、王子の制御が完全に消失する。
『認識阻害』が、強制的に解除された。
「……え?」 「誰だ……あの女の子は?」
突如として闘技場の真ん中に現れた、銀髪の少女。 泥にまみれ、首から壊れかけの首輪を下げ、凄まじい魔力を放つ私の姿に、数万の観衆が静まり返った。
エドワードの剣が、空を斬る。 魔法のサポートを失った王子の攻撃は、ただの「棒振り」に過ぎなかった。
魔獣の巨大な爪が、無防備な王子に迫る。
「あ……あ、アリシア! 助けろ! 命令だ! 助けろぉぉぉ!!」
情けなく叫ぶ王子。 私は、彼を助けるために一歩踏み出した。
……ただし、彼を「救う」ためではなく、彼の「偽りの栄光」を粉々に打ち砕くために。




