第16話:繰り返される「影の守護者」
「おい、ぐずぐずするな! さっさと僕の前に出ろ、無能!」
王都近郊の魔の森。エドワード王子の怒声が、静まり返った木々に響き渡る。 きらびやかな鎧に身を包んだ王子は、魔導具の力で「透明化」させられた私を、まるで背後に連れた家畜のように扱っていた。
私の腕には、あの「枷」のブレスレット。 それが肌を焼き、魔力を無理やり引き出そうとする不快な拍動が伝わってくる。だが、彼らは知らない。私がこの程度の枷に制御されるような、柔な魔力ではないことを。
「——来ましたわ。エドワード殿下、前方より三体」
私の『認識阻害』の魔法によって、周囲の兵士たちは私の存在を意識できない。私は透明な亡霊として、王子の背後に寄り添う。
現れたのは、凶暴なオーガの群れだ。
「よし、僕の剣技を見せてやる! はあぁぁぁ!」
王子が、腰の入っていない構えで剣を振り回す。 その背後で、私は指先を向けた。
『極大圧縮・火炎弾』
轟音と共に、オーガたちが一瞬で消し炭になる。 王子の剣が空を切った瞬間、魔物が爆発四散したのだ。
「おおお! 見たか! 僕の『聖なる一撃』だ!」
兵士たちが歓喜の声を上げる。 「素晴らしい、エドワード殿下! まさか一太刀でオーガを!」 「これこそ、次期国王に相応しいお力だ!」
王子は満足げに鼻を鳴らし、汗一つかいていない顔で凱旋のポーズを取る。 その足元、泥まみれになりながら、魔法の反動と枷の痛みに耐えて跪いている私の姿は、誰の目にも映らない。
(……ああ。これ、知ってる。……すごく、知ってる)
前世の記憶が、濁流となって脳裏を埋め尽くす。 『エトワールの光、美咲様! ありがとうございます!』 『セイラ、邪魔。画面の端にも映らないで。視聴者が幻滅するから』
血を吐くような努力も、誰よりも先に飛び込み、誰よりも深く傷を負う献身も、すべては「光」を演出するための燃料でしかなかった。 あの時、私はそれを「平和のため」だと自分に言い聞かせていた。
「おい、アリシア。何ボサッとしているんだ。次はもっと派手に倒せ。民衆に『光の加護』だと思わせるような、綺麗な魔法を使え」
遠征の休憩中。人目を避けた天幕の裏で、王子は私に食べかけのパンの耳を投げ捨てた。
「……殿下。私は、もう三日もまともな食事をいただいておりません」
「ふん、無能が食事なんて、百日早いわ。僕の手柄を作らせてあげているんだ、感謝して餓死するまで働け」
王子は笑いながら、豪華な肉料理が並ぶテーブルへと戻っていく。
私は、泥の上に落ちたパンの耳を見つめた。 前世の私なら、これを拾って、空腹を抱えたまま次の戦場へ向かっただろう。 けれど、今のアリシアの心は、もうそんな「奴隷の美学」には染まらない。
(お父様……お母様……。あのお粥は、あんなに温かくて、美味しかったのに)
家族から与えられた無償の愛を知った私の心にとって、王子の傲慢さは、ただの「不純物」でしかなかった。
「……わかったわ、エドワード殿下」
私は、認識阻害を解かないまま、静かに立ち上がった。 影の中で、私の魔力がドロリと色を変えていく。
「望み通り、もっと『派手』にやってあげますわ。……建国祭という、最高の舞台で」
私の瞳から、最後の慈悲が消えた。 繰り返される悪夢を終わらせるのは、正義の心ではない。 家族への愛を燃料にした、凍てつくような復讐心だ。




