第15話:無能王子の「便利屋」
王都に到着した私を待っていたのは、アカデミーの教室ではなく、冷え冷えとした王宮の地下室だった。
「……君が、ベルンシュタイン家のアリシアか。なるほど、確かに魔力測定器は『ゼロ』を示しているな。だが、観測儀が検知したあの強大な魔力波形……。君自身がその源ではないとしても、君の周りには『何か』があるはずだ」
私を見下ろすのは、王宮魔導師長を名乗る神経質そうな男。そしてその隣で、退屈そうに爪をいじっている少年がいた。
「どうでもいいよ、そんなことは。……おい、お前。僕が第3王子のエドワードだ」
金髪を華やかに整えた少年――エドワード王子は、私を人間というよりは、新しく買い与えられた玩具を見るような目で眺めた。
「父上たちは、お前を僕の『影の守護者』に任命した。……いいか、僕は今度の建国祭までに、誰よりも多くの魔物を討伐して、次期王位継承者としての実力を示さなきゃいけないんだ」
エドワード王子の声には、焦燥と傲慢さが混じっていた。 彼は魔力も剣術も人並み以下。このままでは、優秀な兄たちに王位争いで敗北するのは目に見えている。そこで、王宮側が目をつけたのが、「魔力はないが、なぜか強大な魔法現象を引き起こす」という謎を持つ、没落貴族の私だった。
「お前は僕の後ろに隠れて、目立たないように魔法で魔物を始末しろ。……安心しろ、手柄は全部僕のものになるように、王宮の魔導師たちが『隠蔽の魔導具』を用意してある」
魔導師長が差し出したのは、銀色のブレスレットだった。 だが、私はひと目で理解した。これは魔導具ではない。装着者の魔力を強制的に吸い出し、特定の波長に変えるための「枷」だ。
(……前世と、全く同じね)
胸の奥が、どろりと黒い感情で満たされる。 前世でも、リーダーの美咲が放つ「聖なる一撃」は、実際には私が裏で放った魔力弾が着弾した瞬間に、彼女が剣を振るっていただけだった。民衆は彼女を称え、私は物陰で吐血していた。
「……私がそれを拒めば、どうなるのですか?」
私が静かに問いかけると、エドワード王子は勝ち誇ったように笑った。
「没落貴族の分際で拒否権があると思っているのか? ベルンシュタインの領地を更地にするなんて、僕の一言で済むんだぞ。……あんな泥臭い畑、お前だって未練はないだろ?」
「……!」
泥臭い畑。 父が汗を流し、母が慈しみ、私に温かいスープを与えてくれた、あの愛おしい場所。 それを「ゴミ」のように言われた瞬間、私の中で何かが、プツリと音を立てて切れた。
(……ああ、そう。あなたたちは、また私に『影』になれと言うのね)
私は無表情のまま、差し出されたブレスレットを受け取った。 王子の手を汚さず、王子の名声のために、私が死ぬまで獲物を屠り続ける。彼らが期待しているのは、そんな「便利な奴隷」としての私だ。
「……承知いたしました、エドワード殿下。謹んで、貴方の『影』を務めさせていただきます」
私は深々と頭を下げた。 王子の足元に伸びる私の影が、一瞬だけ、ギザギザとした牙のように歪んだことに、誰も気づかなかった。
「ははっ、物分かりがいいじゃないか! さあ、明日から討伐遠征だ。泥にまみれて僕のために働けよ、没落令嬢!」
高笑いしながら部屋を出ていく王子。 私は一人、薄暗い地下室でブレスレットを見つめた。
(いいわ。望み通り『影』になってあげる。……でも、影は光を際立たせるだけじゃない。光を飲み込み、闇へと引きずり落とすこともできるのよ)
ベルンシュタイン家で見つけた「愛」という名の光を汚した報いは、高くつく。 王宮の冷たい石床を素足で踏みしめながら、私はかつての「最強」としての牙を、静かに、そして深く研ぎ澄ませていた。




