第14話:招かれざる「招待状」
その日は、雲一つない穏やかな朝だった。 ベルンシュタイン家の質素な食卓には、父・バルトが今朝採ってきたばかりの瑞々しい野菜が並び、母・メルの穏やかな笑い声が響いていた。
だが、その平穏は、重々しい蹄の音と共に唐突に破られた。
「ベルンシュタイン男爵家当主、バルト殿はいらっしゃるか!」
屋敷の前に止まったのは、王家の紋章が刻まれた豪華な馬車だった。 現れたのは、金細工の施された鎧に身を包んだ王宮騎士団の使者だ。バルトは困惑しながらも、私とメルを背後に庇い、玄関先で深々と頭を下げた。
「私がバルトです。……王宮からの使いとは、一体何事でしょうか」
使者は傲慢な態度で書状を広げ、朗々と読み上げた。 内容は、表向きには「魔力観測儀の異常反応に関する調査協力」。だが、その本質は恐喝に近いものだった。
「……先代から続く多額の税の滞納、および連帯保証による債務。これらを一括で返済せぬのであれば、貴家はこの地を没収され、爵位を剥奪されることとなる。……ただし」
使者の冷ややかな視線が、父の脇から覗く私に注がれた。
「娘のアリシア嬢を『王立アカデミーの特待生』として王都へ差し出すのであれば、これら全ての負債を帳消しにし、家名の存続を約束しようとの国王陛下の温情である」
「なっ……!?」
バルトの顔から血の気が引いた。 「無能」と判定されたはずの娘を、なぜ王宮が欲しがるのか。 私は確信していた。先日、領地全体に施した巨大な隠蔽結界と、ザックス子爵を追い払った際の魔力の残滓――それらが王宮の観測網に引っかかったのだ。
彼らは、ベルンシュタイン家に「何か」が眠っていると確信している。
「ふざけるな! アリシアを……娘をそんな取引の道具にはさせない! 借金は私が一生をかけて返す!」
バルトが声を荒らげ、使者の前に立ちはだかる。 その拳は屈辱と恐怖で震えていた。メルもまた、私の肩を抱き、悲痛な顔で首を振っている。
(……ああ。お父様、お母様……)
私の胸の奥が、熱い痛みで満たされた。 前世の私なら、「私が我慢すれば家が助かる」と、即座に身を差し出していただろう。そしてそれは、仲間たちの期待に応えるための、どこか義務的な「正義」だった。
けれど今は違う。 この人たちを、これ以上震えさせたくない。この温かな場所を、これ以上汚されたくない。その「わがまま」を貫くために、私は決断した。
「――お父様」
私はバルトの服の裾をそっと引き、彼の前に出た。
「アリシア!? 下がっているんだ、これは大人の問題で……」
「私、行きますわ。王都のアカデミー、少し興味がありましたの」
私は、精一杯の愛らしい微笑みを作って見せた。 嘘だ。興味など微塵もない。王宮という場所が、前世の「エトワール」の拠点と同じく、私を便利に使い潰そうとする者たちの巣窟であることは明白だ。
「何を言っているんだ! あそこは魔力の強い者たちが競い合う場所だ。魔力のないお前が行っても、辛い思いをするだけだぞ!」
「大丈夫ですわ、お父様。私は『ベルンシュタイン家の娘』ですもの」
私はバルトの手をぎゅっと握り、静かに魔力を通わせた。 言葉ではなく、私の意志が伝わるように。 『心配しないで。必ず、帰ってきます』
バルトは目を見開き、信じられないものを見るような顔で私を見つめた。 私の瞳の奥に宿る、かつての「最強の魔法少女」としての、凍てつくような冷静さを感じ取ったのかもしれない。
「……陛下は、アリシア嬢を高く評価しておられる。三日後、迎えの馬車を送ろう」
使者は満足げに鼻を鳴らし、去っていった。
その日の夜。 バルトとメルは、泣きながら私を抱きしめた。 私は二人の温もりを感じながら、窓の外、遠く光る王都の空を見据えた。
(……待っていなさい、王宮の連中。私の家族に手を出したこと、後悔させてあげるわ)
それは、聖女の微笑みを浮かべた復讐者の、静かなる宣戦布告だった。




