第12話:略奪者と「影」の鉄槌
「無能」の判定から数日。ベルンシュタイン家の周囲には、嫌な静寂が漂っていた。 魔力鑑定の結果は瞬く間に広まり、もともと没落していた我が家を「完全に終わった家」と見なす輩が増えたのだ。
その最たるものが、隣領を治める強欲な貴族、ザックス子爵だった。
「バルト・ベルンシュタイン。……今日こそ、この土地を明け渡してもらおうか」
昼下がり、平和だった屋敷の前に、武装した十数人の私兵を引き連れたザックスが現れた。 彼は馬の上から、畑仕事の手を止めた父を見下ろし、下卑た笑みを浮かべている。
「子爵、何度も申し上げているはずです。この土地は、先祖代々我が家が守ってきたもの。借金は少しずつですが返しております」
「ふん、その『少しずつ』が我慢ならんのだよ。……それに、お前のところの娘、鑑定で『無能』だったそうじゃないか。将来性のない家に、これ以上慈悲をかける必要はない」
ザックスが合図を送ると、私兵たちが抜剣し、屋敷を取り囲んだ。 家の中から、不安そうに様子を伺う母・メルの気配がする。私はその背後に隠れながら、冷徹に状況を分析していた。
(……前世と同じ。利用価値がないと判断した途端、土足で踏みにじりに来る)
怒りで視界がわずかに歪む。 だが、父・バルトは怯まなかった。彼は錆びついた古い剣を手に、私と母を背に隠して立ちはだかった。
「……娘は関係ない。帰ってくれ。これ以上、私の家族を侮辱し、脅かすというのなら、私はベルンシュタイン当主として戦わなければならない」
「ははは! 落ちぶれた騎士崩れが一人で何ができる! やれ、抵抗するなら叩き斬って構わん。娘と女は、あとで売れば金になる!」
ザックスの汚い声が響くと同時に、私兵たちが一斉に襲いかかった。
「……お父様!」
バルトが剣を振るう。だが、相手は多勢。さらに、私兵の中には下級の魔術師も混ざっており、炎の弾がバルトの足を掠めた。
「ぐっ……!」
膝をつく父。その背中に、非情な刃が振り下ろされようとした瞬間――。
(……ああ、もう。我慢の限界だわ)
私は、意識の底に沈めていた「全属性」の魔力を、一気に解き放った。 ただし、誰にも悟られないように。
『隠蔽』 『消音』 『身体強化』
私の姿が、その場の全員の認識から消える。 私は母の手をそっと離し、弾丸のような速度で私兵たちの間を駆け抜けた。
「な、なんだ!? 風が――」
兵士が言葉を発する前に、私はその手首を、目にも止まらぬ速さで「闇」を纏わせた手刀で打った。
カラン、と剣が落ちる音が『消音』の結末で飲み込まれる。 続いて、父に魔法を放とうとしていた魔術師の背後に回り、その魔力回路を指先で突いて強制遮断した。
「がはっ……魔法が、使えな……っ!?」
私は止まらない。 前世で、数万の怪物を相手に培った戦闘技術。 それをこの程度の人間相手に使うのは、大人と赤ん坊の喧嘩に等しい。
目に見えない死神が舞うように、私は一人、また一人と、私兵たちの急所を的確に突いて無力化していく。 骨を砕き、筋を切り、再起不能にする。けれど、死なせはしない。 死体は面倒な「証拠」になるから。
わずか数十秒。 ザックスが瞬きをした次の瞬間には、十数人の私兵たちは、一人残らず地面に転がり、苦悶の声を上げることさえ許されずに白目を剥いていた。
「な……な、なんだ!? 何が起きた!?」
馬の上で腰を抜かすザックス。 私は彼の目の前に立ち、あえて『隠蔽』をわずかに解いて、冷たい「闇」の魔力を彼にだけ叩きつけた。
「ひ……ひぃぃぃぃっ!! 悪魔だ……悪魔がいる!!」
ザックスは恐怖のあまり馬から転げ落ち、這うようにして逃げ出していった。 動けない兵士たちをその場に残したまま、無様に、無様に。
私は深く息を吐き、魔力を再び心の奥底へ封印した。 そして、何事もなかったかのように、呆然と立ち尽くす父のもとへ駆け寄る。
「お父様! 大丈夫ですか!?」
「……アリシア? ああ、大丈夫だ。……だが、今のは一体。急に突風が吹いたかと思ったら、奴らが勝手に自滅して……」
バルトは不思議そうに周囲を見渡している。 隣領の私兵が「集団食中毒か何かで倒れた」ようにしか見えないこの惨状を、彼は首を傾げながらも見守っていた。
「……きっと、神様が助けてくださったんですわ」
私が微笑むと、バルトは「そうかもしれないな」と言って、私を抱き寄せた。その腕は、まだ微かに震えていた。
(……そう。私が守るわ)
父の胸の中で、私は冷ややかに決意を固める。 表舞台に立つ必要はない。 「無能」のアリシアとして、誰にも気づかれず、この温かな家を脅かす全ての「害虫」を、影から排除し続ける。
それが、二度目の人生を手に入れた、私の新たな戦い方だ。




