第11話:鑑定式と「無能」のふり
七歳になった。異世界での生活は、前世の殺伐とした日々を塗りつぶすほどに穏やかだった。 だが、この世界の平穏には一つの「壁」がある。それが、七歳の誕生日に行われる『魔力適性鑑定式』だ。
この世界において、魔力は個人の価値を決定づける。特に貴族にとって、高い適性は再興の鍵であり、低い適性は切り捨ての理由になる。
「アリシア、緊張しなくていいからね。どんな結果であっても、お前は私たちの自慢の娘だ」
父・バルトが、少し古びた正装に身を包み、私の手を優しく握った。 馬車を出す余裕もないベルンシュタイン家は、会場となる教会まで徒歩で向かう。道中、豪華な馬車で通り過ぎる他の貴族たちが、窓から私たちを見てクスクスと笑い声を漏らした。
「見て、あの没落貴族。歩いて鑑定式に来るなんて」 「銀髪の子は綺麗だけど、どうせ魔力も枯れ果てているんでしょうね」
(……懐かしい感覚。蔑まれ、利用価値で測られる視線)
前世の私なら、見返すために全力を出しただろう。自分が「最強」であることを証明して、認めさせようとしたはずだ。 けれど、今の私は違う。 鑑定の石板の前に立つ自分を想像し、私は内側の魔力に深く、深く潜った。
(全属性Sランク……こんなものを見せたら、間違いなく王宮に連れて行かれる。また『国のため』『平和のため』と言われて、死ぬまで戦わされる檻に入れられるわ)
私は、体内で渦巻く強大な魔力の奔流に、幾重もの「封印」を施した。 魔法少女時代、誰にも教わらずに身につけた魔力制御の技術。それを使い、私の魔力反応を極限まで……「ゼロ」に見えるまで、心の奥底へ沈めていく。
「次、アリシア・ベルンシュタイン」
鑑定官の呼び声に、私は一歩前に出た。 周囲の貴族たちが、嘲笑を含んだ沈黙で見守る。私は無表情を装い、冷たい石板にそっと手を触れた。
……一秒、二秒。 通常なら、適性のある属性の色に輝くはずの石板が、沈黙を保っている。 やがて、石板は申し訳程度の、埃のような灰色に微かに光り――すぐに消えた。
「……判定。魔力適性、なし。属性、無」
鑑定官の声が、静まり返った教会に響く。 次の瞬間、会場は爆発的な嘲笑に包まれた。
「ハハハ! 没落した挙句に『無能』か!」 「ベルンシュタインの血も、ついに泥水になったのね!」
心ない言葉の礫が、私に降り注ぐ。 私は静かに手を離し、バルトとメルのもとへ戻った。 (これでいい。これで、私は誰からも期待されない。この家で、静かに二人と生きていける)
だが、顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、予想していた「落胆」の表情ではなかった。
「アリシア!」
バルトが駆け寄り、私を力一杯抱きしめた。 その体は、周囲の嘲笑から私を隠すように震えている。
「よかった……。本当によかった。アリシアに魔力なんてなくて、父さんは安心したよ。あんな危ない力、お前には必要ない。お前はただ、ここで私たちと一緒に、笑って過ごしてくれればいいんだ」
母・メルも、涙を浮かべて私の頬を撫でた。
「そうよ、アリシア。あなたは何もできなくていい。無能なんて言わせないわ。あなたは、私たちの心を救ってくれる最高に優秀な娘なんだから」
(……え?)
衝撃だった。 前世で、私が魔力を失いかけたり、戦果を出せなかったりした時、仲間たちが向けたのは「チッ、使えねーな」という舌打ちと、あからさまな無視だった。 それなのに、この人たちは。私が「何者でもない」と証明された瞬間に、世界で一番価値のあるものを見つけたかのような顔で、私を祝福している。
「……お父様、お母様……。私、何も、できないんですよ?」
「ああ、知っているさ。だから父さんが、一生かけてお前を守ってやる。お前が笑っていられる場所を、父さんが死んでも守り抜く」
バルトの力強い言葉が、私の胸の奥に眠っていた「正義」を粉々に砕いた。
他人のために自分を犠牲にするのが正義じゃない。 この人たちが注いでくれるような、理由のない、見返りを求めない愛。 それこそが、私が前世で死ぬまで探し求めていた「真実」だったんだ。
(ああ、決めたわ)
私はバルトの胸に顔を埋め、密かに誓った。
(魔力がない「無能」のアリシアとして、私はあなたたちと生きる。……でも、もしこの愛を、この絆を壊そうとする奴が現れたら――)
教会の床に落ちた自分の影が、一瞬だけ、ドロリと黒く、深く揺らめいた。
(その時は、私が『魔王』にだってなってやる)
「無能」の烙印を押された少女は、皮肉にもその日、人生で初めて「戦う本当の意味」を見つけたのだった。




