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第4章の2 姉は強し

 弥生はベッドから起き上がり、深く息を吸い込んだ。三日ぶりにまともな睡眠を取り、体の調子もだいぶ戻って来た。

 一度消えかけた月の力がゆっくりと、着実に戻っている。

 弥生は寝ぐせ一つない髪を櫛で梳かす。服を着替え(と言っても同じ隊員服だが)、自分の姿を鏡で確認した。

 銀の髪は艶やかで、月の光が零れたよう。彼女の義姉が好きだといった色だ。

 弥生は鏡の自分に微笑むと、右手をすっと前に出した。顔を引き締め、自分の力を意識する。ゆらゆらと揺れる力は次第に自分の中で形を変えていく。


「我が声に応えよ。月契」


 自分が愛する剣の形を思い浮かべたと同時に、その手に確かな感触が現れる。何十年もの歳月を共にし、手に馴染んだ愛剣。一度砕けたそれが、再びその姿を現した。


「月契。この間はすまなかった……お前に無理をさせていたのだな……もう一度、私と闘ってくれるか?」


 弥生は光を反射する刀身に視線を注ぐ。


“貴は、よい顔をしている。今の貴ならば、我は喜んで刃となろう”


 月契の厳かな声が弥生の脳裏に響き、弥生は自身が映る刀身をそっと撫でた。


「ありがとう……月契」


 弥生は月契の具現化を解くと、ふと思い出したように机へと向かった。一番上の抽斗を開けて、鍵を取り出す。


(久しぶりに、やりたくなったな)


 弥生はその鍵をしっかり掌に握ると、踵を返して部屋から出て行った。向かう先はしばらく放置していた弥生のもう一つの部屋だった……。



 勇輝はホールでソファーにもたれてゲームをしていた。そのうちごろっと横になり、もぞもぞと色々な態勢でゲームをし始める。

 勇輝はこれを、朝食を食べ終えてからずっと続けており、すでに二時間が経過していた。


「……よく飽きませんね」


 呆れた声がやや離れた所から聞こえた。


「だって楽しいし」


 勇輝はそちらに視線を向けずに答える。口を動かし、その倍の速さで手を動かす。現在突如出現したミニゲーム中である。


「ゲームって子どもの発達にあまり良くないんじゃないの?」


 癒慰の声もいつもより少し遠い。いつもなら勇輝のソファーの前に座っていたはずだ。そして優雅にティータイムを楽しんでいることだろう。


「迷信だってそんなん」


「しかし、確実に勉強時間は無くなっていますよね」


 しかし今日は二人の声が少し遠い。

 勇輝は不思議になってゲームを一度止めるとソファーから顔を出した。そして、パカッと口を開ける。


「え……どーゆーこと?」


 二人は少し離れた所にいた。勇輝は癒慰のフリル多用ロリータに目を見開いたのではない。そんなものはもう慣れた。

 問題は彼女たちの場所。彼女達は椅子に座っている。このホールにはソファーとそれとセットの高さバラバラの机しかなく、椅子はなかった。しかも、そこそこの高さがある丸テーブルなど見たことがない。

 丸テーブルと椅子のセットが計三つ突如ホールの一角に出来ていた。


「いいでしょ。ソファーでお茶ってずっとやりにくいって思ってたのよね~」


「なので、この間秀斗くんが屋敷を壊した罰として買ってもらいました。ついでに暖炉前には絨毯を引いたので寝転べるようになりましたよ」


 勇輝は少し視線を右にやった。何かすっきりしていると思えばソファーがなくなって絨毯が出現している。これが出来たことでホールは暖炉を中心に右がソファー、左が椅子とくっきり分かれた。


「ちなみに土足厳禁よ~。ほんとは畳が欲しかったんだけど、ここには合わないしね」


 裸足に憧れるわ、と言う癒慰は可愛いスリッパを履いていた。犬の顔がついたフワフワスリッパである。


「確かに、ここ基本靴だもんな」


 純日本人の勇輝は慣れるまで時間がかかった。裸足の開放感を味わうためにサンダルにしようかと思案中だ。


「一回、裸足で畳を歩いてみたいですね」


「……いっそ買えば? 日本家屋」


「あ、それいいかも」


 言ってから勇輝はあっと思った。なんだか彼女たちなら本当にやりそうな気がしたのだ。

 実際それだけの資産はあるのだが……。


「如月の別荘として考えておきましょう」


 本気にされて、冗談半分だった勇輝は半笑いを浮かべた。


「じゃなくてだ」


 勇輝は突然何もない空間に手刀を入れ、会話を切る。女の子二人が何? という顔をする。


「俺が言いたかったのはさ、いつの間に模様替えがあったのかってことだよ」


 普通に模様替えされていたら、ホールに入った時に気がつく。だが勇輝が一番に来た時はソファーばかりだった。それがゲームをしているうちに変わったのである。音もせずに。


「そんなの勇輝君がゲームしてる間に決まってるじゃん」


「熱中されていたので、物音をたてては悪いと少々術を使いました」


 そう説明されればそうかと納得するしかない。魔術とはそういうものだ。これに関してあれこれ考えても無駄だということは、勇輝は十分思い知っていた。


「まぁ、いいや」


 勇輝が再びソファーに横になってゲームを始めた時、扉が開いて秀斗と錬魔が入って来た。


「おはよ~、二人が一緒ってあんまりないよな」


 勇輝はひょいっと顔をあげて珍し~と呟く。


「そこであったんだ……って、どうしたんだそれ」


「模様替えをしたのか」


 二人して驚き顔だ。錬魔はともかくなぜ秀斗も? と勇輝が思っていると、


「欲しかったので買いました。後、代金は秀斗君の口座から落ちるようにしましたので」


 と零華がほほ笑みを添えて秀斗へ言葉の手榴弾を投げた。


「なんで俺⁉」


 ドカーンとそれは秀斗の頭で爆発し、さらに目が見開かれる。


「この間屋敷を壊した罰です」


「修理費俺が払ったじゃねぇか!」


「それとこれとは別~」


 癒慰が楽しげに笑い、カップの酒を一口飲む。本日の種類はワイン。彼女たちにとってはお茶と言うよりジュースらしいが……。


(てか、秀斗に無断で買ったんだ、あれ)


 勇輝は同情の眼差しを秀斗に送り、それを受け取った秀斗は涙ぐむ演技をしつつ勇輝の向かいのソファーに座る。錬魔は勇輝の右手にある一人用のソファーに座った。


「で、お前は何やってんだ?」


「ゲーム。スパイになって敵地に侵入すんの」


「へー」


 秀斗は適当に返事をすると、ごろっと横になる。錬魔は特に何をするでもなく頬杖をついて空を見つめていた。

 そして時が過ぎ、勇輝があやつる主人公が最後の機密文書を手に入れた時、扉が開いて弥生が入って来た。

 勇輝は弥生の反応が気になって、セーブをして電源を落とす。


「弥生おはよー」


「おはよ、弥生。今日も好きだぜ!」


 弥生は勇輝には視線を合わせて応え、秀斗は無視する。

 だが秀斗はめげずに今日もいつもどおりだなと満足げだ。朝の告白は彼の習慣になっており、これに対する弥生の反応で彼女の機嫌が分かるらしい。

 曰く、無視されたら普通。月契を突き立てられたり短剣を投げられたりしたら不機嫌。そして視線を合わせてくれたら上機嫌。さらに言葉を返せば、秀斗は失神するそうだ。

 弥生は錬魔の前で止まると、その手に握っていた玉を突き出した。それは野球ボールほどの大きさで、淡い赤色をしている。


「これに力を補充してくれ」


「……あぁ。魔術の開発を再開したのか」


 錬魔は少し驚きつつ、それを受け取った。


「あぁ。なんだかやりたくなってな」


「それ何?」


 勇輝が身を起して、その玉に視線を注ぐ。


「これは紡命珠の一種だ。お前のものには力を守護として封じてあるが、これはただ留めているだけだ」


 勇輝は大きくはてなマークを頭の上に浮かべた。違いは分かったが意図が分からない。


「勇輝君。魔術はそれぞれの元素が合わさって発動するということを覚えてますか?」


 零華の問いかけに、勇輝は自身の記憶を探る。そう言われれば、昂乱との騒動でそういうことを言っていた気もする。


「一応」


「それは元素さえあれば新たに術を編み出すことも可能ということです。弥生ちゃんは魔術を新しく創ることが得意なのです」


 勇輝はへぇと視線を玉へ戻した。それは先ほどよりも赤くなっている。錬魔が力を込め直しているのだ。


「ねぇ弥生。今どんな術創ってんの?」


 勇輝が興味本位で訊いてみると、玉が赤みを帯びていく様子を見ていた弥生が振り返って答えた。


「人の体を小さくする魔術だ。幼児化とも言うな」


「……それ何に役立つの?」


 弥生がそれを闘いの場で使うイメージがつかない。


「敵地侵入や要人誘拐に役立つと、癒慰が言っていた」


「それ、ずいぶん前の話だけどね」


 それも十年単位の昔、まだ彼らの任務に物騒なものが多かった時代の話である。


「へー」


 勇輝は少し彼らの小さくなった姿を思い浮かべて、口元を緩めた。美形な彼らだ。必ず可愛いに違いない。


「その術完成したら見せてよ」


「あぁ。お前に一番にかけてやる」


 しごく真面目な顔で弥生が答えたので、勇輝は墓穴を掘ったと冷や汗をかく。


「俺も見てぇな、勇輝のチビ姿」


 寝転びながら、けたけた笑う秀斗に勇輝は護身用の麻酔銃を向ける。今日は朝に早撃ちの鍛錬をしたので腰につるしたままだったのだ。

 秀斗は顔色を変えて慌てて手をあげる。


「お前! そうやって何でも脅せばいいと思うなよ!」


 勇輝はにっと笑って、銃をしまう。だいぶ如月らしい性格になった勇輝だった。

 秀斗がぶすっとした顔で身を起こした時、扉が開いた。

 彼らは音につられてそちらに顔を向ける。このホールに如月全員がいる。さらに人が入ってこれば秀斗がその存在を察知できるはずだ。にも関わらず扉は開き、人影が見える。

 その人物はホールへと足を踏み入れ、物珍しそうに辺りを見回した。


「鎖羅義姉様!」


 嬉しそうに弾んだ声は弥生のもので、すぐに彼女に駆け寄った。鎖羅は弥生の姿を認めると、相好を崩し姉の表情を見せる。


「弥生、だいぶ調子が戻ったようだな。銀の色が美しい」


 そう言って鎖羅は弥生の頭を撫でた。

 その様子に何も知らない四人は固まった。


「姉様って、何?」


 と、癒慰が目をパチクリとさせ、


「あれ、弥生ちゃんですか?」


 と、零華はこの世の終わりだとでも言いたそうな顔をした。

 勇輝はただただポカンとその光景に見入り、錬魔は複雑そうな表情を浮かべている。


「言っただろ? 弥生は鎖羅のことを姉と慕ってたって」


 確かに言ったが、彼らはそれを比喩だと思っていたのだ。


「義姉様、来てくれたんだな」


「約束したではないか」


 しかも一匹狼で問題児の弥生が、他人に甘えている。それもデレデレに。


「どうすればあの弥生をあそこまで手懐けられるんだ?」


 錬魔の言い方は少々酷いが、そう言いたくなるのも分からなくはない。


「てか、あの二人ってついこないだまで憎みあってたはずじゃ?」


 勇輝も物珍しげにまじまじと可愛い弥生を見る。ここにきて新たな一面を知った。


「もともと仲良かったからな~、誤解が解ければ元に戻るのも早いって」


 秀斗はよかったよかったと頷いている。その隣で魔術師三人はやや険しい顔をしていた。


「鎖羅義姉様、今日は何をするんだ? 剣の稽古か?」


 弥生の目が輝いている。鎖羅はそれを見てくすりと笑った。


「いや、今日はただ話しに来たのだ。なぁ弥生、ところで義は余計だと言わなかったか?」


 にっこりと鎖羅は笑っているが、その笑みは刃に似ている。弥生は表情を硬くし、あっと呟いた。その言葉は、弥生が鎖羅と義姉妹の契りを交わした時にしつこく言われたことだった。


「な、なんでそんなことが分かるんだ? 鎖羅姉様」


 今度は気持の中で義をつけずに呼んだ。鎖羅は満足そうに目を細める。


「ニュアンスだ」


 鎖羅ははっきりと断言し、弥生の腕を掴んだ。


「お前たち、少々弥生を借りるぞ」


 鎖羅は後ろで呆然と見ていた彼らに声をかけて、ずいずいと弥生を引っ張って扉から出て行った。

 錬魔はついっと自分の手の内にある玉に目を落とした。渡しそびれてしまったのだ。


「……何、なの?」


 戸惑いと苛立ちを含んだ癒慰の声が、ホールに吸い込まれていった……。




 鎖羅は弥生の部屋を見て、しばし無言だった。弥生も部屋に招いたはいいものの、それから先どうすればいいのか分からず黙ったままだ。

 弥生の部屋には相変わらず物がない。正面に出窓があり、その手前に机と椅子のセット。

机の上には本が積まれている。広い部屋の端に、肩身の狭そうなベッドが置いてある。

 その他、本棚が複数あるだけの空間の広さを感じずにはいられない部屋だ。

 鎖羅はこれが年頃の女の子の部屋だろうか、と思ったが口には出さなかった。自分を振り返れば、あまり可愛い部屋とは言えない。弥生よりは少し生活しやすいシンプルな部屋だ。


「弥生……そうだな。ソファーは一つくらいあった方がいいぞ」


「私もそう思った」


 弥生は客に対する心遣いを覚えた。

 ひとまず弥生は出窓に腰掛け、鎖羅が机に腰をかけた。そうすると目線が同じくらいになる。

 どんなことを話そうかと二人が考えていると、壁の写真が鎖羅の目に留まった。

 五人の少年少女が映った写真で、どれも顔に見覚えがある。


「これはお前たちか」


 若干子どもっぽい顔をしており、中央に弥生がいる。相変わらずの無表情だ。それとは対照的に隣で秀斗が満面の笑みを見せてVサインをしている。


「ん? あぁ……それは如月を結成した時の写真で、無理やり撮らせられたんだ」


 思えばこの頃はまだ互いのことをよく知らず、知ろうともしなかった。


(ずいぶん、昔になるのだな)


「弥生、この三人はどういう奴なのだ?」


 鎖羅は秀斗と弥生の後ろに立っている三人を指さしながら尋ねる。

 鎖羅の問いに、弥生はしばらく答えを探していた。なかなか自分の仲間を言葉で表すのは難しい。


「……そうだな。零華は頭が切れる。物腰は柔らかいが、怒ると怖い」


 鎖羅はほぉと面白そうに相槌を打つ。物おじしない弥生に怖いと言わせる零華に興味がわく。


「あと、魔術が上手い。それと錬魔は無口で無愛想だが腕のいい医者だ」


 鎖羅はくってかかって来た赤髪の医者を思い出した。確かに彼は無愛想な弥生に言われるほど無愛想だった。


「癒慰はいつも変なかっこうをしているが、淹れるお茶は美味い。あと、よくしゃべる」


「たしかに、先ほどもおもしろい格好をしていたな。しかし茶か……しばらく飲んでいないな」


 たまに人間界で調達した酒をグラスに入れて飲むが、面倒なのであまり凝ったものはしない。ほとんどが水で済ませていた。


「なら、淹れよう。私も久しぶりに茶を飲みたい」


 即断即決の弥生は、ひょいっと窓から下りて鎖羅の答えも聞かずにドアから出て行った。


「まったく……」


 鎖羅はあきれ顔で視線を写真に戻す。


(まだあの人間のことを聞いていないではないか……ん?)


 鎖羅はふとその写真が重なっていることに気がついた。ほんのわずかに白い淵が出ている。

 鎖羅は罪悪感に駆られながらも、好奇心に勝てず小さな額をひっくり返して開けた。


「……誰だ?」


 鎖羅はその写真を見るとすぐに直して額を元通りにかけ直した。

 そこに写っていたのは二人。一人は紛れもなく弥生だったが、もう一人は推測すらできなかった。それほど小さな命。


(これは、そっとしておいたほうがよさそうだ)


 わずかにうずく好奇心を殺して、鎖羅は静かに弥生を待つことにした。にわかに悔しさに似た感情が胸に湧きおこる。

 自分が知らない弥生の時間があったという事実。そして成長する弥生を見られなかった歯がゆさ。

 鎖羅は困ったような複雑な笑みを浮かべた。


「さて、妹はこれほど厄介なものだったか?」





 その一方で、厨房では弥生がやや困った顔をしていた。厨房の一角は癒慰の占有スペースになっており、そこに様々な茶器や魔術師用のお茶が入っている。

 それらを目の前に、弥生は迷っていた。


(さっぱりやり方がわからん)


 いつもは気づけば癒慰が茶を選び、最適の飲みかたで出してくれた。

 ひとまず弥生は手当たり次第にティーポットに入れてみた。手に取ったのはビール、泡盛、梅酒。これらがブレンドされ、火にかけられようとしていた。


「何やってんの⁉」


 今まさに火をつけようとしたその時、顔面蒼白の癒慰にその手を掴まれた。癒慰は昼食の準備をしに来たところ、この衝撃の場面に遭遇したのだ。


「あ、癒慰。お茶を淹れようと思ったのだ」


「バカ! カクテルじゃないのに混ぜちゃダメ! しかも組み合わせが最悪! しかもしかも! ティーポットを直に火にかけないでぇぇ!」


 癒慰が持っているティーカップもティーポットも芸術品。間違っても火にかけるやかんではないのだ。


「……違ったか」


 弥生はティーポットをコンロから下ろして、ためしに一口飲んでみた。


「……まずい」


「当たり前でしょ」


 癒慰は弥生からティーポットを奪い取ると、中身を廃棄する。もったいないが、もう飲める代物ではない。


「……その、茶を淹れるのはどうするのだ?」


「なるほど、鎖羅さんに淹れようと思ったのね」


 こくりと弥生は頷き、自分も飲みたいがと付け加える。


「…………わかったわよ。教えてあげるわ」


 癒慰は溜息をついて数多ある茶に目をやった。おいしいお茶が負の飲み物に変わるところなどもう見たくない。


「で、鎖羅さんはどういったものが好みなの?」


「……そうだな。向うで飲んだ茶は少し甘かった」


 癒慰は甘めのお茶に検討をつけていく。


「かと思ったら、少し苦かったな」


 癒慰はちょっと苦めの甘いお茶を探す。


「だが、鎖羅姉様は何でも飲むと思う」


 癒慰は少しいらっとしたが、それを表情には出さずに純粋においしいお茶を選んだ。

 それを徳利に入れ、先に沸かしておいたお湯の中に入れる。熱燗で、中身は薩摩の銘酒だ。とろりと甘いのが特徴で、後に少し苦味が残る美酒だった。


「ほう。そうやっていたのか」


「弥生ちゃんもお茶ぐらい淹れられないと困るわよ?」


 いい感じに暖かくなったそれをティーポットに移し、癒慰は沸騰したお湯をカップに注いで器を温めた。せっかくお茶が暖かくても、カップが冷たくてはおいしいお茶はいただけない。


「鎖羅さんと、本当の姉妹みたいに仲がいいのね」


 カップをタオルで拭きながら、癒慰がぽつりと零した。その表情には暗い影を落としている。


「あぁ、姉様は大切な人だ」


 弥生ももう一つのカップをタオルで拭いた。


 癒慰が拭き終ったカップを受け皿の上にカチャリと置いた。


「……闇、なのに?」


 消えてしまいそうな小さな声に、弥生はじっと癒慰を見つめた。弥生がカップを置いた音が一際大きく聞こえた。


「そうか……癒慰は闇が嫌いだったな」


「あ、その……」


「かまわん。私も姉様に会うまでは闇が嫌いだったし、憎んですらいた」


 癒慰は揺れる瞳を弥生に向け、申し訳なさそうな、それでいて許さないと言いたげな厳しい表情を浮かべている。


「だから癒慰、そんな表情をするな」


 癒慰はそう言われて、初めて自分が表情を変えていることに気がついた。そして今自分がどんな顔をしているのか把握できない。


「別に、私は……」


 癒慰はすっと顔を背け、あっとわざとらしい声を上げた。スタスタと戸棚へと歩き、そこからクッキーを取り出してお盆の上に置いて弥生に渡す。


「これ、お茶菓子」


「ありがとう、癒慰」


 弥生はお盆を受け取ると、早足で厨房から出て行った。


(ごめん弥生ちゃん、私は闇が嫌いだわ)


 癒慰は戸口に視線をやって、小さく頭を振った。消えない感情。闇を心底憎んだあの時から、時間は止まったままだった。





 鎖羅はかちゃりとドアが開く音で我に返った。しばらくぼうっとしてしまったらしい。


「姉様、お茶を淹れてきた」


 弥生はお盆を机の上に置いて、それぞれのカップにお茶を注いでいく。ふわりと芳醇な香りが辺りに漂い、心を解きほぐしてくれる。


「よい香りだ」


 鎖羅はカップを手に取り、その香りを楽しんだ。弥生もカップを手に取り、背を壁に預けて楽な態勢を取る。

 そして二人は同時にカップに口をつけた。


「ほぅ、美味いな。これはなんという茶だ?」


 鎖羅が軽く目を見張って、カップの中身を覗き込んだ。その色は艶のある焦げ茶色で、その甘さは黒糖のものに似ている。


「詳しいことは知らんが、よいものだそうだ。癒慰が選んでくれた」


 弥生もその味わいを楽しんだ。ゆっくりお茶を味わうのも久しぶりだった。


「なるほどな、どうりで美味いわけだ。壊滅的な料理下手のお前にこんなことできないと思った」


 鎖羅はそう軽口を叩くが、実際そのとおりなので弥生は何も言い返せない。


「私も帰ったら阿修羅に茶を入れてやろう」


「きっと喜ぶだろうな」


 そして鎖羅はクッキーの袋を開け、指でつまんで出すと口に入れる。サクッと砕けて香ばしい香りが口いっぱいに広がった。


「うん、美味い。弥生も食べろ」


「あ、私はいい」


「弥生、お前はまだ偏食なのか? 食べろ」


「いや、だから」


「食、べ、ろ」


 凄みのある声でそう言われれば、弥生はもう反論できない。今までさんざんこうやって、時には実力も行使されて食べさせられてきたのだ。

 弥生は観念をして一つクッキーを貰うと口の中に放り込んだ。


「……美味しい」


 その答えに鎖羅は満足そうに微笑み、空のカップにお茶を注いだ。

 それから二人は気が済むまで、互いのことを話し合ったのだった……。


お姉さま登場です。しかし、登場するまでにけっこう主人公がしゃべりましたね。

そのうち阿修羅も出てくると思うので、お楽しみに。え、彼はいらない?


コメディー要素というかほのぼの要素たっぷりなのでうかっり長くなってますね。

では、次回「探検ってワクワクするよな」

                               2

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