第4章の1 こういうのがいいんだよな
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テストが終わって春休みに入った。零華の鬼補修のおかげで全員赤点はなく、留年を免れた。それどころか全員十点以上アップというすばらしい特典つき。
零華は自分の勉強時間を削ったにも関わらず、全教科九割を取ったというのだから強者である。
そんな彼らは今、食堂にいた。食事時ではない。いつも以上に椅子を近くに寄せ、何やら真剣に話をしている。長机には各自一枚紙を置いており、何やら会議でも始まりそうだ。
真剣な表情でその紙を見ている彼らのうちの一人、零華が口火を切った。
「さて、どうしましょうか」
頭脳明晰で常に正しい選択をする彼女が珍しく悩んでいた。それは他のみんなも同じようである。
「進路って、どうすればいいのでしょう……」
長机の上に置かれた紙。それは、三年になるにあたっての進路希望調査であった。
「俺、大学行く気ないしな~」
ボールペンを片手に勇輝は背中を背もたれに預けて天井を見上げる。
「大学って?」
ボールペンの芯の出し入れを繰り返していた秀斗が尋ねる。異世界出身の彼に大学の知識はなかった。
「高校の上にある教育機関です。今の日本は大学を出ないと就職がありません」
博識な零華が答える。その言葉に勇輝はさらに頭を悩ませた。確かに高卒で就職といってもいい仕事なんてない。しかも不良とくれば鳶職人にでもなるか……。
「なら私たち就職になるんじゃない? 現に今働いてるわけだし」
「でも就職希望欄に龍牙隊とは、書けないしな~」
しかも暗殺専門部隊なんて、ペンが勝手に走りだしても書けない。
「出さなければいいのでは?」
弥生が極論を述べる。彼女は面倒なのかペンすら持っていない。
「だが、進級するにあたって大切なことだと葉月は言ってたぞ?」
錬魔はそう言って紙に視線を落とす。だが何を書けばいいのかさっぱり分からない。
「よし、まずは名前を書こう」
勇輝は一度現実逃避をするために名前の欄を埋め始めた。彼らもそれにならって書きだそうとするが、零華以外の手が止まった。
「ねぇ、私の苗字ってなんだっけ」
「誰か俺の苗字知らね?」
弥生と錬魔は無言で視線を零華に送る。
零華はそんな彼らに溜息をついて、紙からペンを離す。自分の名前は記入済みだ。
「何で自分の苗字を忘れるんですか?」
「だって、本名じゃねぇし。勝手につけた苗字なんて忘れるに決まってだろ」
秀斗が唇を尖らせて反論する。それに零華はもう一度溜息をついた。
「しょうがないですね……。私から左回りに大宮秀斗、城埼弥生、堺癒慰、河野錬魔です」
次々に上げられる名前に、そういえばそうだったなと彼らは自分の紙に記入した。
「秀斗たちって苗字ないの?」
「あぁ。俺らの世界では苗字なんてもんは貴族とかしか持ってねぇ」
へぇ、と勇輝は今さらながら彼らが異世界人だったことを強く感じる。普段はそんな違和感が全くないのだ。
なぜ彼らがこれほど馴染んでいるのか考えて、はたと勇輝は気づいた。
「もしかして、名前の方も偽名?」
「なんで?」
ペンを回しながら秀斗が訊き返す。
「だってさ、異世界ってカタカナの名前じゃん、フツー」
零華と癒慰はファンタジー小説の読みすぎよとつっこみたかったがあえて黙っておくことにした。当たらずとも遠からずだからだ。
「まぁ、確かに私たちの名前は、異世界っぽくはありませんね」
「でも本名だよ? 漢字も全部」
「え~、意外」
勇輝は中世ヨーロッパの異世界を想像していたらしく、残念そうにペンを机の上に投げ出した。
「でも、俺のばあさんの名前はクリスティーナだったぜ?」
勇輝は秀斗の祖母クリスティーナを想像した。
(金髪で、クリスティーナっぽくて……秀斗のお祖母ちゃん)
勇輝はまず秀斗の頭に鬘を乗せ、目を大きくしてみた。そして口紅を引いて眼尻にしわをつける。
なかなか、おもしろいものができた。
勇輝は想像の秀斗のお婆さんバージョンに声を殺して笑う。身は震え、握りしめた拳で自分の太ももを叩く。
「っく、クリスティーナ」
そんな勇輝を見て、何を想像したのかすぐにわかった秀斗は勇輝の首に手を回して締め上げる。
「何笑ってやがんだ!」
「だっておもしろ……うっ、ぎ、ギブ! く、苦しぃ……」
勇輝は首を絞めている秀斗の腕を叩いて降参を伝えるが、秀斗はいっこうに離さない。
「それは流行りです」
零華は目の前で行われている危険なじゃれあいを無視して話を続ける。勇輝はもがきながらも耳をそちらに向けた。
「私たちの世界ではおよそ二百年に一度の割合で名前の流行が変わるのです。人間界と人の行き来はありませんが、文化を吸収することは可能ですから様々な国の文化が混ざり合っています。その中で今は日本風の名前が流行り、私たちはその世代なのです」
勇輝は興味深々といった様子でへぇと繰り返していた。
「いいな~、俺みんなの国に行ってみたい。どんなとこなの?」
勇輝はうきうきと椅子の上で体を左右に揺らした。その様子を見て彼らは互いに顔を見合わせる。
「えっと、話せってこと?」
癒慰の問いかけに、勇輝はうんと大きく頷いた。
「別に、みんなが嫌だって言うならいいけど……」
それに加えて少し顎を引き、上目づかいになってしおらしさも表現する。この可愛い顔の有効的な使い方である。
その顔に良心を刺激された彼らは視線を交錯させ、無言の内に順番を決めた。零華から右回りということになった。
「仕方ありませんね……」
最初の進路希望調査からものすごく脱線しているが、勇輝にうるうるとお願いされては逆らえなかった。勇輝は心の中でガッツポーズをする。
「ではまず私の国からお話しましょうか。えっとですね、私の国はアクアディナ王国と言います。水の力を持つ人々が住んでいて、水の豊かな国ですね。あとは……魔術の研究が進んでいるかと、まぁ過ごしやすい国でしたね」
簡単に零華がまとめると、視線を目の前にいる錬魔に注ぐ。バトンタッチだ。
錬魔はしばし考えた後、ゆっくりと話しだした。
「……俺の国は、ディオフィルメイト王国、火の国だ。国土は暑い。砂漠と熱帯雨林がほとんどで、常夏だったな。特徴と言えば、医療に熱心な国だ」
勇輝はへぇとずっと頷いている。そして話者は癒慰へと移った。
「えっと、私の国はソートティラディナ王国で、土の国。四季があって、庭園とかがたくさんあるわ。どこかで花が咲いてる国よ。後ね……芸術が盛んで家具とかが有名だったと思う。はい、バトンタッチ」
と、癒慰は弥生の肩に手を置いた。その弥生は難しい顔をして宙を睨んでいる。
「私の国は、ルナクレア王国で月の国なのだが……。私はよくこの国を覚えていない。ただ、寒い時期はあったと思う。農業もあった。それと……山賊は多かったな」
弥生は記憶を探りながらポツリポツリと話す。勇輝は最後の一言で表情を硬くした。
(えっと、もしかして弥生は昔から誰かとやりあってたってこと?)
弥生らしいと言えば弥生らしいが……。
「えっと、治安が悪いんだね」
勇輝はそれだけ言うと、顔を横に向けた。残るは勇輝の隣にいる秀斗だ。
「俺の国は、ステラグニュール王国で星だな。国土はほとんど草原で遊牧民が暮らしてる。街は一つだけだったな~。特産ってわけじゃねぇけど、獣の調教が一つの売りだった」
秀斗は懐かしそうに目を細める。草原で騎獣に乗って風に吹かれるのはたまらなく気持がよかった。
「全部違うんだ。おもしろ~。いいな、行ってみたい。一体どんな食べ物があるんだろ」
勇輝は目をキラキラさせて、脳内旅行中だ。
それを見て彼らは複雑そうな表情を浮かべた。
「食べものかよ」
秀斗がつっこんで勇輝は脳内旅行から帰還する。
「他に何があんのさ」
彼らはクスクスと笑い、空気が和やかなものになる。
みんなに笑われてちょっと拗ねた勇輝は、弥生の表情を見てポカンと大口を開けた。失礼だが指を指してしまう。
「弥生が……笑った」
その言葉を言った勇輝の顔は、天変地異でも起こったようだ。
忍び笑いをしていた弥生はすっと無表情に戻って勇輝に視線を移した。
「失礼な奴だな。私だって笑うことぐらいある」
「弥生は笑うともっと可愛いよな~」
反論する弥生を秀斗が茶化し、次の瞬間には秀斗の目の前に短剣の刃が迫っている。
実に和やかな風景だった。ちなみにこの短剣は常に胸元に潜ませている。
「うん可愛い。ずっと笑ってたほうがいいな」
勇輝は目の前で友人が命の危機に瀕していることは気にせずに同意した。
弥生はしばし無表情で勇輝を見つめる。睨みに近いその眼差しに勇輝は切り札、無邪気な笑顔を繰り出した。もう一段階上になると、背後に人を和ませる幼稚園児が書いたお花が飛ぶ。
やがて弥生は舌打ちをして短剣を鞘に納めて上着の内ポケットにしまう。
そして話を聞けて大満足の勇輝はふと手元にある紙へと目を落とした。あっと、短く呟く。
「結局これどうしよっか」
やっと話が最初の路線に戻った。問題は何一つ解決していない。
「もう就職でよくね? だって見るのあの葉月だろ? じゃぁ如月って書いといても問題ねぇって」
考える気ゼロの秀斗がなげやりにそう提案する。確かにそれもよさそうだが……。
「でも葉月センセー三年でも俺らの担任か分かんないし」
彼が本当に教師として学校に来たのなら異動だってあるかもしれない。
「マジ? 葉月じゃなくなんのか?」
秀斗はあからさまに嬉しそうな様子で勇輝に訊く。
「いや……断定はできないけど」
勇輝は実はよく知らない同じ隊の先輩兼担任を思い浮かべた。彼なら何だかんだで担任の椅子にとどまっていそうな気がするのは何故だろうか……。
「あ、そう言えばさぁ、うちの隊って表で会社やってるよね。そこの名前書けば?」
癒慰がはたと思いだしたようにそう提案する。勇輝はそう言えばそんな気も……と朧げな記憶を探った。
「えぇ、確か……龍ヶ崎商社だったと思います」
キャッチコピーは小さなことから大きなことまで何でもやります、龍牙崎商社である。
事実、落とし者探索から夫の浮気調査、果ては国家要人の用心棒から国家スパイまで何でもやっている。
「じゃぁそれでオッケーってことで」
勇輝はさらさらと空欄にその会社名を書き込むとペンを置いた。残る彼らも進路を書き込む。
「よっしゃ、これで進路希望調査とやらは終わったと。後は、新学期まで遊ぶだけだぜ!」
秀斗はさっそく席から立ち上がり、飲みに行ってくる~と部屋から飛び出して行った。
口ぶりから酒を飲みに行くらしいが今はお日さま元気な午前中。一体どこに飲みにいくつもりなのか……。
「どこ行ったの?」
「おそらく本部でしょう。適当に時間つぶして適当な人を連れて行って、適当に飲んで帰ってきますよ」
零華がさらりと的確な答えを勇輝に与えた。
連れまわされる隊員は気の毒ではあるが……。
「カフェインさえ摂らなければいいけど」
「被害に遭うのは私たちじゃないから、別にベロンベロンに酔っぱらってもいいけどね」
癒慰はそう言うと立ち上がって歩きだした。向かう先は厨房。昼食の準備をしなくてはいけない。
「あ、俺も手伝う」
勇輝は本日の昼食当番である癒慰の後ろにくっついて行った。
二人の後姿を零華は微笑んで見送った。残る二人もじっとドアが閉まるまで後姿を眺めていた。
「こういう穏やかな時間は久しぶりですね」
三人になった食堂に、和やかな零華の声が響く。
「こういうのも悪くない」
弥生は表情を柔らかくしてそう呟いた。まだぎこちない表情だが、じきに自然な笑みに変わるだろう。
零華と錬魔はそんな弥生の変化を驚きと嬉しさが混じった気持で見ていた。弥生を変えたのは鎖羅。鎖羅という闇の魔術師。
二人はほぼ同時に闇という単語を心の中で呟いた。
自分の中には闇の血が流れている。この血が、彼らの運命を狂わせ続けた。
こんこんと、まだ闇の血は眠り続けている……。
四章のテーマは闇、とワイワイガヤガヤ。
会話文も多くなるでしょう。
では次回「姉は強し」で。




