第3章 エピローグ
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氷騎のホールで、勇輝はソワソワと行ったり来たりを繰り返していた。何度も腕時計に目を落とし、扉に視線をやる。そしてグルグルとソファーの周りを歩いていた。
「ちょっとは落ちつけ」
秀斗がいらっとした声を勇輝に投げた。
「秀斗だって貧乏ゆすり激しいじゃん」
「うっせぇ」
二人はそこで会話を終了させ、勇輝は再び歩き出し、秀斗は膝を揺すった。それを少し呆れ顔で見ているのが零華と癒慰だった。
二人は秀斗の向かいのソファーに座って弥生の帰りを待っている。
「錬魔の奴遅ぇ……」
秀斗がコップに入った水をぐいっと飲んで扉に目をやった。あの茶色い扉を何度見たか分からない。
「錬魔君から報告が入ったのはついさっきですよ?」
「私たちもさっき急いでここに戻ってきたんだから、もう少し待ったら?」
「あぁぁ、弥生に会いてぇ」
禁断症状のように秀斗が呻き、勢いよく立ちあがった。勇輝の後に続いてソファー周遊を始める。
「うっとうしさ二倍ね」
「無事なのですから大人しく待っていればよろしいのに」
落ち着きなく弥生を待つ彼らを、阿修羅は部屋の端から見ていた。暖炉に背をもたれさせ、蛇の置物を手慰みにする。
四頭全ての蛇の頭に宝石が入り、蛇の眼光の鋭さが増した気がする。
(サクリス……)
阿修羅は乳白色の小さな珠を額に嵌めた蛇を撫でて、その置物を暖炉に戻した。その表情は少し憂いを含み、視線を彼らに向けた。
「弥生ぃぃぃ」
秀斗は我慢の限界も近いらしく、せかせかと忙しなく歩き回っている。勇輝は何回も抜かされていた。
そのいらいらは女の子にも伝染しているようで、二人とも顔が険しくなってくる。
あと少しで爆発するというところで、やっと扉が開いた。開いていく隙間から見えるのは黒、赤、そして銀色。
「弥生ぃぃぃ!」
秀斗が真っ先に飛び出し、その後を勇輝が追った。
「弥生好きだぁぁ! 殴らせろ!」
弥生に会えた嬉しさのあまりダイブした秀斗を弥生は避け、鎖羅がその額を闇宵の鞘で打った。
「ぐはっ」
弥生が顔をひきつらせて鎖羅へと顔を向ける。
秀斗は後ろへと飛ばされ、音を立てて床に体を打ちつけた。
「痛ってぇぇ!」
が、すぐに起き上がって鎖羅に猛抗議した。
「鎖羅! お前何すんだ! 感動の再会をもっと味わわせろ!」
「うっとうしい。弥生は疲れているのだ、かまうな」
秀斗は誰が疲れさせたんだと言い返したかったが、どうやら二人が和解出来たらしいことに気づき押しとどめる。
「秀……すまなかった。ありがとう、嬉しかった」
弥生は小さな声でぽつぽつと気持ちを伝える。秀斗は嬉しさのあまりぼーっと意識を飛ばした。
「弥生、あまり優しくするとつけあがるぞ」
鎖羅が渋い顔で弥生に注意する。弥生は神妙な顔で頷いた。それを見て、秀斗の恋が成就しない原因は彼女にもある気がしてしまった彼らだった。
弥生はすっと視線を上げて彼女の仲間を見る。その表情はいささか硬い。
「おかえり弥生」
なかなか言葉が見つからない弥生に勇輝がにっこり笑いかける。弥生は肩の力を抜いて表情を崩した。空気が動き出す。
「ただいま」
弥生は優しい声でその言葉を口にした。声から表情から嬉しさが滲み出ている。
その言葉に女の子二人もしょうがないか、と笑みを見せる。
「無事でよかったわ」
「ひやひやしました」
「あぁ……すまなかった」
弥生はゆっくり彼らへと歩いていく。
苦しみを分かち、時には衝突した仲間。弥生は胸の辺りが温かくなるのを感じた。
「みんな……ありがとう。心配かけてすまなかった」
「かまわん。心配するのも仲間だからな」
錬魔が後ろから弥生の頭に手を置き、ぽんぽんと二度軽く叩いた。お疲れと言うように。
「錬魔……これ、返す」
弥生は錬魔へ体の向きを変え、胸ポケットから指輪の髪留めを取り出した。
「なるほど、だからゴムで留めていたのですか」
「珍しいと思った~」
「え、気付かなかった」
弥生は錬魔の掌に指輪を乗せた。錬魔はぐっとそれを握り締める。
「やはり髪留はこれがいい」
錬魔はゴムを取り、結い直す。
「な、何だって! 錬魔お前抜けがけか⁉」
秀斗が恋人のような受け渡しを見て、悲鳴じみた声を上げた。
「医者の務めだ」
「いや無理あるって……」
勇輝はついつっこんでしまい、あっと口に手を当てる。鋭い視線を二人に向けられた。
「錬魔てめぇ! 俺に喧嘩売ってんのか!」
「勇輝……話をややこしくしたな」
覚えてろと言わんばかりに凄まれ、勇輝は一歩後じさる。
鎖羅は弥生を取り巻いてわーわー騒ぐ彼らを見て微笑ましそうに目を細めた。
「願いは果たせたか」
満足そうな鎖羅へと阿修羅が歩み寄り声をかけた。鎖羅は阿修羅へと顔を向け、頷く。
「あぁ。弥生と闘い、そして再び繋がり合った」
「ほう、それは良かった。……ところで俺は闘いが今日ということを知らなかったんだが、どういうことだ?」
急に阿修羅の声が硬くなり、鎖羅は気まずそうに顔を背ける。
阿修羅は目覚めて外の空気がおかしいことに気づき、不審に思って外に出たのだ。
「別に、お前に言うほどのことでもないだろ」
阿修羅は無表情で鎖羅を見下ろした。一度視線を戻した鎖羅は再び逸らす。
「俺がどれほど心配し、苦労したかわかっているのか」
「お前に迷惑をかけた覚えは……」
その言葉を口にした瞬間、隣から静かに怒気が流れだした気がして鎖羅はますますそちらに顔を向けられない。
「お前の情報不足のせいで人間が一人死にかかってたぞ?」
そこで鎖羅はやっと合点がいく。先ほどから部屋にいる人間の男の子を疑問に思っていたのだ。
「仲間が増えていたとはな。あの子どもを拾ったのか……。だが悪い拾いものではなかったのだろ?」
鎖羅の含みをもった声に、阿修羅はすっと視線を勇輝に向けた。
「あぁ……」
勇輝は嬉しそうに秀斗とじゃれて弥生に話しかけていた。魔術界の常識で言えば、人間と慣れ合うなど言語道断。だが勇輝にはその壁を取り払う力があった。
(楽しみだ……こいつが如月に入ったことで、流れが変わるかもしれない)
鎖羅は阿修羅をちらっと盗み見て、彼が勇輝を見て少し表情を柔らかくしているのを知ると、彼にしか聞こえない大きさで言葉を紡ぐ。
「阿修羅……今日目が覚めたら影がいた。ボスが足止めにと寄こしたと……まさかとは思うが」
鎖羅が言い終わらないうちに、阿修羅が鎖羅の顔の前に手をやった。口にするなという意味だ。
「だが」
阿修羅は視線を空中に固定したまま、そっと口を動かす。
「この件は俺が調べる。お前は動くな、もちろん秀斗と弥生にも何も言うな」
断固とした口調に、鎖羅は押し黙る。一度阿修羅がこう言いだしたら決して引かないことを鎖羅はよく知っていた。
「わかった……」
しぶしぶ鎖羅が引き下がった時、二人は弥生と秀斗がじっとこちらを見ていることに気がついた。その目は何か言いたげだ。
「帰るのか?」
瞳に浮かぶ思いを阿修羅は汲み、問いかける。
「あぁ」
秀斗が答え、弥生はこくりと頷いた。二人はもう少しいたそうだったが、今二人は如月だ。目的を果たせば帰らなくていけないのは道理だった。
「道を開いてやる。来い」
鎖羅は彼らを手招きし、片方の手を扉へついた。
「空間よ、我が声に応えよ。我が求めるは如月」
詠唱が終わるとすぐ扉に異空間へ続く穴が出現した。そのあまりの速さに彼らは驚きを隠せない。鎖羅は基本的な詠唱のほとんどを省略した。それだけの力を持っているということだ。おそらく鎖羅ならば空間の名を知らずとも求める空間に渡ることが可能だろう。
彼らは入口へと歩いていく。
「秀斗、また遊びに来い」
阿修羅は秀斗にそう声をかける。秀斗は照れたように笑って、頷いた。大切なことをたくさん教えてくれた人に、また会える。自分が望めばいくらでも。
「弥生、次は我が会いに行こう。それと、あまり仲間を困らすなよ……お前たち、二人を頼んだ」
鎖羅は弥生と、弥生の仲間を見てそう言った。魔術師三人が小さく頷き、渡りの空間に足を踏み入れた。
「阿修羅さん、助けてくれてありがとうございました! 鎖羅さんも、弥生を助けてくれてありがとうございました!」
勇輝が二人に歩み寄って、一礼した。心のこもったその言葉に、二人は目を丸くして苦笑いをする。
「人間ということを忘れるなよ」と鎖羅、
「また会おう、人間の子ども」と阿修羅が返した。
勇輝です、と勇輝は最後にそう言い置いて空間の中に入っていった。そして振り返って二人を待つ。
「阿修羅さん、次は弥生を俺のものにしてますから」
楽しみにしててください、と秀斗は笑う。その頬に冷たい鎖羅の視線が刺さった。
「鎖羅、義姉様……また」
「あぁ、また会おう」
弥生と秀斗はなごり惜しそうに、二人をじっと見て、体の向きを変えた。自分たちの居場所、如月へと帰る道に足を踏み入れる。
二人が完全にその空間に入った瞬間、氷騎との接続が切れ扉はただの扉に戻った。
「静かになったな」
鎖羅がぽつんと呟く。阿修羅は鎖羅の頭に手を置いて、自分へと引き寄せた。
「寂しいなら泣くか?」
意地の悪い阿修羅の声に、鎖羅はむっとして阿修羅の足を踏みつけた。
「寂しくなどない。我は、幸せだ」
鎖羅が扉を開けて、自室へと帰る。それを阿修羅は微笑みを浮かべて見送ったのだった。
来た時と同じような空間を彼らは歩いた。光が射し込んでいる場所を目指して歩く。
勇輝は先ほどの弥生と秀斗の表情を思い出した。寂しそうでありながら、どこか強い前向きな気持ちが表れていた。
(また俺は足でまといだった)
勇輝は首からぶら下がっているお守りに目を落とす。そこには六つの紡命珠がきれいに並んでいた。
(俺はいつも助けてもらってばっかだ)
勇輝は前をいく三人を見ながら、後ろを歩く二人の存在に気を向ける。
(みんな闘おうとしてたのに、俺は何もできなかった)
勇輝は悔しくて拳をぐっと握る。勇輝は人間で、人外の敵と渡り合うことが難しいのはよく分かっていた。だが、それでも彼らと共に戦いたいと願ってしまう。
(強くなりたい……後ろで見ているなんて、嫌だ)
本気で仲間と思っているから、自分も役に立ちたいと願う。それがどんな些細なこととしても。
「出口よ」
癒慰がそう告げて、足を外に踏み出した。
勇輝も光の外へと出る。そこは行く時と同じく玄関だった。
全員が外に出ると、道は自動的に消滅する。
勇輝は深呼吸をして、如月を感じる。半日ほどしか経っていないのに、永い時間が流れた気がした。
「ただいま」
勇輝が如月に向けてそう呟く。他の五人も心の中で同じ言葉を呟いた。
帰って来たのだ。彼らの家に。
そして、ほっと気を緩めてそれぞれの部屋へと歩み出した彼らに向けて、零華が微笑とともにこう告げた。
「……みなさん、二週間後テストだということを、ご存知ですか?」
前を歩いていた五人が動きを止め、そして何も無かったかのように再び歩き出した。
「二週間前だろ? よゆーだって」
勇輝は呑気に笑う。いつも一夜漬けで乗り切ってきた実績がある。
「赤点が何を言いますか」
ばっさりと切り捨てられて勇輝はうっと呻いた。真面目にこの学期を思い返すとほとんど授業に出ていなかった気がする。
「正直テストなんて意味ねぇって」
秀斗がぱたぱたと手を振ってテスト拒絶の意を表した。勇輝はそれに大賛成。
「そうですか、では秀斗君だけ留年してもらいましょう」
「リューネンって何?」
「秀斗だけもう一回二年生をやるってこと」
きょとんと疑問符を浮かべる秀斗に、隣を歩く勇輝が教えた。一年の時に早くも留年が危ぶまれた留年候補だった。
「勇輝君、貴方もですよ?」
やんわりと零華に指摘され、勇輝は視線を明後日の方へと向ける。
「明日から特別に補修をしてあげますから、秀斗君、勇輝君、そして弥生ちゃんは受けてくださいね」
「何故私もなんだ?」
「あら……三学期、ほとんど学校に来ていないのはどこのどなたでしょうか」
この言葉を微笑のまま言うのだからことさら怖い。
弥生もその笑みにやられてしぶしぶ頷く。
テストが終われば春休み。そして無事に新級できれば春からは三年である。
「さぁ、頑張って勉強しましょうか」
その言葉に、誰もおーと返さなかったのは言うまでもない……。
いぇい。
というわけで、三章はこれにて終了でございます。ここまで読んでくださった方がた、どうもありがとうございます。
一つの山場だった三章が終わって作者は肩の荷が下りた気分です。シリアスにここまで力を割いたのも初めてでした。至らぬところも多いですね……。精進精進。
さて、次は第四章となります。次はさまざまな時系列が混ざった章になりそうです。一言で申しますと、伏線の回収作業でございます。
気楽なノリで、ネタばらしもしつつ、次章を進めたいと思います。
では次回「第四章 プロローグ」で。
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