第3章の11 その如月の、暁のころ
彼らはホールに戻り、定位置となりつつあるソファーに座って反省会を始めた。彼らの表情は落胆の色が濃い。重い空気の中、突っ込んで行った勇輝が口火を切った。
「……それでさ、結果としてはあれでよかったんだよな」
まだ首を掴まれた感触が残っている。自分の言葉とは裏腹に、ちらりと死の訪れが見えてしまった。
「えぇ。しかし部屋からは引きずりだしましたが」
「なんか色々と悪化してて」
「もっと心配だぜ」
三人が言葉を繋いで、それに錬魔が眉間にしわを寄せて頷いた。弥生の精神状態は彼らの予想以上に荒んでいたのだ。
「なんか、怖かった」
勇輝も弥生の瞳を思い出して、思わず身震いをする。勇輝の不良人生において色々な奴と喧嘩をしてきた。中には目が血走りイカレた奴もいたが、それでも彼女ほど恐れを感じなかった。
「完全にここに来た時の顔だったな、あれ」
秀斗は頭を掻いて背もたれに身を預ける。そのまま手を頭の裏で組んで天井を見上げた。
「せっかく、いい顔するようになってたのによ」
「そっか、二人は後からここに来たんだっけ……もしかして、他のみんなもバラバラだったりする?」
ふと勇輝は気づいて、思ったことをそのまま口にした。彼らは勇輝を引きこんだとき、組織全体の説明はしたが、如月自体の説明はあまりにも少なかったのだ。
「あ、そういやなんも言ってないっけ」
勇輝の視線は秀斗に移る。少し抗議を含んだ色で。
「……いやつい、俺ら自分らのこと話すのって苦手だから」
あははと笑ってごまかす秀斗に零華が助け船を出した。
「ごめんなさい勇輝君。私たちが失念していました。もう誰かが言っていると……」
静かな口調で頭を下げられれば、慌てるのは勇輝の方である。
「いや、違うって責めてるんじゃなく、だから謝らないで!」
零華は勇輝の慌てように顔を上げ、クスリと笑みを見せた。
「この話は複雑なので、かいつまんでお話しいたしますね」
そう前置きしてから零華は話し出した。
それは彼らがそれぞれの道からここに辿り着く話。誰も詳しく語らない、個人のストーリーだった。
「まず、ここに最初に来たのは私でした。私は以前夜一星の海龍に所属していたんです。その関係で美月さんとは色々あったのですが……」
美月の名が口から出ると、彼女の表情が険しくなってきた。しかしそれはすぐに振り払われ、話を戻す。
「それはどうでもよくて、そうですね。今から三十年ほど前に私はそこを出てここに移ったのです」
戦乱の激しい頃。この小さな異空間への異動は先代の美月の配慮だった。
「私が来た当時は庭も中も荒れ放題でひどいものでしたね」
しみじみとそう言った零華の脳裏には、昔の如月が蘇っているのだろう。
「そして数年が経った頃に癒慰ちゃんが来ました」
零華は語り手をバトンタッチし、癒慰がはい、と手を上げて引き継いだ。
「えっと私はね、龍牙隊にいたわけでもなくて、こっちに来てからふらふらと異世界を渡ってて、偶然ここにたどり着いた感じ」
気の向くままに異空間を旅し、たまに人間界へと戻る。そんな旅が二十年は続いた。
「それで、ここの庭とか荒れ放題だったから、住ませてもらうかわりに私が手入れしたの」
癒慰は今の庭ってきれいでしょ? と自信たっぷりの笑みを見せた。彼女の属性は土であり、庭に花を咲かせるなど朝飯前なのだ。
「それで女の子二人の生活に割り込んできたのが錬魔君だったよね~」
癒慰は手でどうぞ、と錬魔に話を振った。
「人聞きが悪いな……俺は、龍牙隊の医療チームにいて、戦争が終わったころにここに来たんだ」
「錬魔君ストーカーだったもんね~私たちを追いかけてここに来たんでしょ?」
癒慰がにんまりと笑って錬魔をからかう。
錬魔は憮然と頬杖をついて、
「違う。俺はただここに魔術師がいると聞いたから興味を持っただけだ。ついでに言うと癒慰、お前の情報は何一つ知らなかったからな」
と言い返した。
「そうしてしばらく……二三年ぐらいは三人で暮らして」
「そこへ華麗に俺たちが参上したってわけ」
零華の言葉尻を攫って、秀斗が語りの中に躍り出た。
「どこが華麗だ。かなりぼろぼろだっただろうが」
錬魔は呆れ顔で、女の子二人も苦笑している。
「まぁそれで二人が転がり込んで来て、一緒に暮らし始めたんだけど……」
「最初は錬魔君と秀斗君が喧嘩ばかりしていましたよね」
女の子二人は当時の大変だった日々を思い出したのか、同時に溜息をついた。それを受け当事者二人は苦い顔をする。
「あん時は若かったよな」
「……あぁ」
黒騎に所属していた秀斗と、戦争で黒騎に多くの仲間を殺された錬魔は顔を突き合わす度に喧嘩をしていたのだ。弥生は部屋にこもって関与せず、残る二人も最初は止めようとしたが、無駄だと知って好きにさせることにした。
「まぁ、この喧嘩がきっかけで弥生がここのリーダーになったんだけどな」
秀斗は懐かしそうに目を細め、小さく笑う。
それはいつものようにホールで喧嘩が起きていた時だった。
互いに掴みあい、大声を出して言い争いをしていた。女の子二人は壁際で事態が治まるのを静観している。止めに入って怪我をしたくないからだ。
早く終わらないかと、二人がため息をついた時、二階のドアが荒々しく開いた。
“うるさい!”
その声と同時に四本の剣が掴みあっている二人の足もとに突き刺さる。ホールは一瞬で静かになった。
全員が吹き抜けを見上げ、その二階の廊下に弥生の姿を発見する。
彼女は彼らを見下ろし、こう言い放った。
“いい加減にしろ餓鬼共が。それで一番強い奴を決める。そいつの命令を聞け。私が勝てば、次喧嘩した奴を殺す”
そして闘った結果、弥生がリーダーになったのだ。なんだかんだで現在リーダーとしての仕事は全て零華がこなしているのだが……。
「まさか引きこもりに啖呵切られるとは思わなかったな」
「おう。あん時の弥生は怖かった」
その表情から弥生に負けて以後すぐに喧嘩を止めたことが伺えた。喧嘩の仲裁で殺されてはかなわない。
「それからは弥生ちゃんもそれなりに部屋から出るようにはなったんだけど……」
「満月の度に外に出て行って、血を浴びて帰って来やがるし」
「食事も全く摂らず」
「生気が感じられない顔で……本当にこの子大丈夫でしょうか、と思いました」
問題児もここまで来ると天然記念物ものである。
「最初は如月も大変だったんだ……。あ、でもまだ如月じゃないの?」
「えぇ。如月になるのはそれから五年後。急に隊長と暁美さんが来られたのです」
「え、母さんが?」
突然訪れた二人は、彼らを四剣琅として龍牙隊に迎えることを明言したのだ。詳しく言うなら暁美が龍牙をバックに強引に引き入れた。
「そうです。暁美さんが私達の後見役を買って下さいました」
「そういえば、暁美さんと会ってから弥生ちゃんも落ち着いたよね」
「何したのかはわかんねぇけど、以来暁美さんの言葉は素直に聞くようになったしな」
「へぇ……ってことは、母さん連れてきたらいいってこと?」
勇輝の顔に希望の色が見え始めた。自分達で何とか出来ないのなら、強い人に来てもらえばいいのだ。
「あ、その手があるか」
「ちょとお茶もしたいし、勇輝君お願いね~」
「了解! 俺は何がなんでも弥生を止めてやる」
勇輝は敬礼ポーズを決め、にっと笑った。
そして翌日。弥生は屋敷内を歩いていた。
部屋に長く居すぎるとまた文句を言われるので仕方なくの散歩である。ホールの方へは足を運ぶ気分にはなれなかったので、逆方向をうろついていた。
腰には月契を佩き、瞳は冷たく澄んでいた。纏うは虚無、絶望、そして憎しみ。
弥生はふと行く先に人がいるのに気づいて足を止めた。彼女と目が合い、再び歩き出す。
過去、人間でありながら弥生にその存在を認めさせた人。そして、弥生の闇に光を注いだ人だった。
弥生は黙って暁美の横を通り過ぎる。
暁美は予想通りの反応に呆れ顔で振り向き、その背に声をかけた。
「弥生ちゃん。久しぶりね」
その声に弥生は動きを止め、振り返る。二人の視線が絡み合った。
「なんて目をしているの。また、昔に戻るつもり?」
暁美は最初から厳しい口調で弥生に問いかける。
それに対し弥生は、自嘲的な笑みを浮かべて答えた。
「いけませんか? これが私だったんです」
淡々とした声。そこには一切の感情を感じることができなかった。
「私が教えたこと、忘れたの?」
「いえ、覚えていますよ。貴女がくれたものも、貴女の息子も」
弥生は淡々と話した。その瞳はただ虚無だけを映し、憎しみはその奥深くに眠っている。
「なら、憎しみに身を委ねるのは止めなさい。今度失うのは、あなたの命かもしれないのよ」
「かまいません。私はずっと憎しみを抱いて生きてきました。憎しみが私の力なのです」
暁美は弥生の奥に広がっていく闇に表情を険しくした。その闇は、出あった頃よりもさらに深くなっている。
「……弥生。 いい加減に目を覚ましなさい。貴女の居場所はここなのよ?」
「それは違います。私の居場所は、もうどこにもありません」
弥生の言葉は暁美の胸を締め付けた。
(この子は、命を知った上で、命を賭けるのね)
暁美は本当ならば今すぐに弥生をどこかに閉じ込めておきたかった。彼女に闇が届かないところで、ゆっくり彼女を癒してあげたかった。だが、暁美にその力は無い。
それが一番悔やまれた。
「……そんな不安定な状態で何ができるっていうの?」
「暁美さん、これは私の願いです。心配しないでください。私が不安定なのは、完全な月ではないから。紛い物の月なだけです」
弥生は最後にそう言い残すと、一礼をして踵を返した。
「違う、貴女は月よ。闇ではないの……」
暁美は願いを込めて、弥生の背中に言葉をかけた。少しずつ遠ざかっていく、小さな背中に……。
「いいえ、私は……闇の子です」
背を向けて呟いた言葉。諦めや悲しさを含んだその言葉が、暁美に届くことはなかった……。
題名和歌シリーズは三つで終わりです。
最初の二つは有名なもので、百人一首にも選ばれています。
今回のは、少し下の句をいじってあるので分かりにくかったかと……
元は「願わくば花の下にて春死なん その如月の望月の頃」
という桜の花の下で死にたいなぁ、できれば如月(旧暦)の満月の日に……という意味の西行さんの歌です。
作中では春ではないし、満月でもないので変えさせていただきました。
さて、最近投稿数が増えたのか、アクセス解析がなかなか見られない。時間が悪いのでしょうか……。たまに見ると楽しいので、けっこう好きなのですが。
そう言えば、最近PV〇〇いきました。という報告もしてませんね。最初はやっていた気がします。
そしてもうひとつ、評価感想云々も書かなくなりましたね(作者の性格が見えてしまいます) うむ、ここは真面目さをアピールせねば。
では改めて
いつも読んでいただきありがとうございます。数字は嬉しい感じになっております。
評価感想、キャラに関する消息、質問、要望など、ありましたら気軽にどうぞ。
これであと半年はこの文句を書かないね……。
では、次回「誘い(仮)」です。




