第3章の8 そういや俺ってバイトだったけ
翌日、勇輝は学校にいた。だらだらと授業を受け、体育で体を動かす。本日の種目はサッカーだ。
カラリと晴れた天気が心を軽くする。
体を動かせば、暗い淀んだ気持も軽くなった。そこには秀斗と錬魔も混ざっていた。
女子は体育館でバレーボール。零華と癒慰が参加している。あの日から弥生は一度も部屋から出ていない。秀斗でさえも、中に入れなかった。
(心配だよな……)
勇輝は敵をマークしながら、如月にいる弥生のことを考えていた。他のみんなもいつもより表情が堅い。
敵が運ぶボールを秀斗が取った。それを巧みに蹴って進み、勇輝と目があった。
「受け取れ勇輝!」
そう言うや秀斗は勇輝にパスを送る。
「任せろ!」
勇輝は飛び出して、そのボールを受け取るとゴールを目がけて突き進む。ボールを操りドリブルを繰り返して敵を交わす。
「させるかよっ!」
歩がカットしに来るが、勇輝はボールを空中に避難させてそれをかわし、前へと進んだ。
眼前にゴールが迫り、キーパーとの一騎撃ちになる。ゴールを守るのは面倒臭そうな赤髪、錬魔だった。
長身の彼はそこに立っているだけで威圧感がある。勇輝はゴールの隙をしっかりと見極め、足を振り上げる。
「いっけぇぇぇ!」
勇輝渾身のシュート。そのボールは高速の回転がかかり、錬魔めがけて襲い来る。
バスッ、その音と現実に、勇輝は目を点にした。
「あ……」
ボールは錬魔の手の中。錬魔は一歩もそこから動いてはいない。ボールは綺麗に錬魔に向かって飛んでいき、その手で受け止められたのだ。無造作に、軽々と……。
「ど真ん中だな」
野球ならストライクが取れたかもしれないが……。
「しくったぁぁ!」
叫ぶ勇輝を無視し、錬魔はボールを空中に放つとそれを蹴り飛ばした。ボールは大きく弧を描いて飛んでいく。
「上がれ~」
チームの声を聞き、秀斗と勇輝は急いでボールを追う。
息を切らせ、頭をからっぽにして、彼らは午後の五六限ぶちぬきの体育を楽しんだのだった。
授業が全て終わり、彼らは如月のホールにいた。
日が落ち始め、薄暗くなると同時にまた雨が降り出して来た。細かい粒が窓を叩き、樹木を濡らす。
彼らは談笑をしていたが、話しているのは癒慰と勇輝だけで、錬魔は読書、秀斗はソファーで横になっていた。
現在彼らは零華が帰ってくるのを待っているのだ。今回の件を隊長へ報告しに行った彼女を……。
「なぁ、弥生が罰せられたりすることはないよなぁ」
勇輝は先ほどからソワソワと落ち着きがなく、声も頼りない。
「……大丈夫だと思うわ。隊長は二人が元黒騎だったことも知ってるし、それに零華ちゃんが行ったから」
癒慰も自信なさげではあるが、最後の零華の名は強調していた。
「零華って強いの?」
「強いって言うか、怖いって言うか……」
癒慰はごにょごにょと言葉を濁らせる。
如月は零華無しには機能しない。事務関係、本来ならばリーダーである弥生がするべき仕事を一手に引き受けているからだ。
故に、彼女に逆らえば色々と生活に支障が出る。
それは隊に枠を広げても同様で、隊内の事務仕事もこなす零華は、隊長に物を言える数少ない人間だったのだ。
「……やっぱりここの裏番は零華か」
勇輝がぼっそとこぼした核心を突いた言葉に、癒慰は苦笑いを浮かべていた。
そしてその時、待ちわびていたドアが開いたのだった……。
「只今戻りました」
「おかえり~」
隊員服を着た零華を二人が手招きした。秀斗もむくりと起き上がって軽く手を振る。
彼女の隊員服は清楚で大人っぽい。淡い水色のワンピースは太ももまでスリットが入り、袖はザックリと斬りこみが入れられ余った袖が手元を優雅に見せる。
牙軍の証である上着を羽織り、右胸にはブローチが光っていた。個性をよく現したデザインである。
ふぅと手に持っていた荷物を机に置き、零華はやれやれと言った顔で全員がいることを確認する。
当の本人がいないことは百も承知だ。
「隊長にこのことを報告した結果、好きにしろとの言葉を頂いてきました」
しばし沈黙が降り、いち早くその意味を理解した錬魔が驚きの表情を浮かべた。
「よくそれを言わせたな」
「へ? 好きにしろって?」
ぽかんとする勇輝に、零華が微笑んだ。
「私たちが好きに動いていいということです。本部が手を出すことはありません。弥生ちゃんを生かすも殺すも私たちの自由ということです」
噛み砕いた言葉に、勇輝の顔が輝いた。
逆に錬魔は渋い顔をしている。
「あら、どうしました? 錬魔君」
「……いや、つくづく恐ろしいと思っただけだ」
錬魔は以前隊長に何か不穏な動きがあれば始末しろと言われていた。隊長は弥生の始末に肯定的でさえあったのだ。それを本部隊員の派遣もなく、自分達に任せた。
(どんな交渉をしたんだか……)
つくづく、零華が味方で良かったと思う錬魔だった。
「あら……心外ですね。その言い方ではまるで私が何かしたようではありませんか」
零華はにっこりと笑い、かつ強大なプレッシャーを放っていた。それがますます恐ろしい。
「……すまん、何でもない」
錬魔は素直に引き下がり、彼女が持ってきた荷物に目を留めた。銀色のアタッシュケース。この間はこれに匠製の麻酔銃が入っていたが。
「なぁ、これ何?」
錬魔が訊こうと思った矢先、勇輝がそれを指さして尋ねる。いかにも興味津津といった様子だ。
「それは報酬金です。誰も取りに行かないから、私がこの重い荷物を、わざわざ貰って来たんです」
あくまで物腰は柔らかだが、わざわざの部分がかなり強調されていた。
「あっ、そーいやそんなもんもあったな」
秀斗が忘れてた、と頭を掻いた。
「大きな仕事したの久しぶりだったしね~」
「というか、これもお前の管轄だろ」
錬魔はサイドテーブルに置いてあったカップを手に取り、口をつける。中身はコーヒ、彼らにとっては酒である。
零華はそれを目聡く発見したが、今回は見逃すことにした。彼の言う通りこれから零華の仕事が始まるのだ。
「報酬金……?」
「そうです。隊長からバイトの勇輝君にも、ちゃんと分けるようにと言われていますので、安心して下さいね」
「そういや俺バイトだったけ」
バイト料など出ないと思っていた勇輝は、またそわそわし始めた。
「時給いくらかな、八百円くらい? ていうか、俺いつ働いてんの?」
勇輝の感覚は遊びに行っている感覚である。半分住み込みであり、やっていることもほぼ遊びに入っている。
「これは昂乱の時の報酬ですので、時給は関係ありません」
と零華がケースの留め具を外し始めた。龍牙隊の給料は歩合制で、任務ごとに報酬金が支払われるのだ。
「今回はどれくらい?」
零華は蓋を開けるのと同時に答えた。
「五千万です」
アタッシュケースの中にはぎっしり札束が並んでおり、それを見た勇輝はクラリとめまいがした。たくさんの諭吉が勇輝を見ている。
「ご、五千万⁉」
一般高校生が目にする額ではない。勇輝はごくりと唾を飲み込んだ。
「けっこう多いね」
「上の二人が失敗しているからな。その分引き上げられていたんだろう」
「では配分していきますね。いつもどおり、半分は屋敷の修理費や食費に置いておいて、残りの半分を均等に分けます」
零華はケースから半分お金を出し、均等に分けていく。勇輝は現実とは思えない光景をただぼぅと見ていた。
「一人当たり、四百万ちょっとですね。各自カードに入れるなり金庫に入れるなり、管理してください」
と零華は札束四つと十数枚を勇輝の目の前に置いた。
それを見て勇輝は盛大に顔をひきつらせた。
「い、いらない! こんな額、俺何もしてないのに!」
自給八百円ならば、せいぜい一か月三万ちょっとかせげばいい方である。それが、一度に四百万ももらっては、現実が崩壊する。
「しかし、勇輝君も如月に入っていますし、昂乱の折は協力もしてくれました」
「危険な目にもあったしね~」
癒慰は自分の分を取り分けて、ご機嫌だ。
「いや、でも、俺バイトだし……」
お金は欲しいがこんなにはいらない。百円が道に落ちていたら喜々として拾うが、百万円が落ちていたらびびって警察に届けてしまう。それと同じだ。
何よりまじめに働いているアルバイトの人々に申し訳ない。
「……では、ひとまず如月が預かって、毎月社会の給料と同じ額を渡していきますね」
零華は勇輝君らしいですね、と苦笑しながら札束から二十五万円を抜き取った。
それでも勇輝は首を横に振り、バイトバイトと連呼する。結局、勇輝の給料は四万円に下がったのだった……。
「全部もらっとけばいいのに~」
「だめ、俺貰ったら全部使っちゃうから。というかみんなは何に使うのさ」
「もちろん服に決まってるじゃない」
癒慰は自身のスカートをひらひらとつまんでみせる。本日の衣装は鏡の国のアリスだそうだ。
勇輝はこのお金が全てこの可愛く迷惑な衣装に費やされているのかと思うと、頭が痛くなった。
「錬魔は?」
「ん……研究費用だな」
勇輝はまともな答えにほっとして二度三度と頷く。やはり錬魔はこうでなくてはいけない。
「秀斗は?」
「俺? なんだろ……飲み代とか、酒代かな」
「どこのサラリーマンだよそれ」
だが事実、秀斗は隊員をつれて飲みにいくことも多いし、珍しい酒を買ってくることもある。酒は彼らにとってお茶なので、酔うことはない。
「零華は?」
「あら、お聞きになります? 色々ありますけど……」
にこやかにそう言われては、訊けるはずもない。いらない地雷を踏みたくない勇輝は、別にいいとにっこり笑みを返してその場を凌いだ。
「そういえば、弥生は? 弥生は何に使ってんの?」
彼らはその問に、顔を見合わせた。
「さぁ、あんまり弥生が金を使うとこ見たことねぇな。つぅか、欲しいものは負かして奪うタイプだし」
「実際、私が彼女の金庫に入れていますから、この存在も知らないかもしれませんね。さすがに物を買うということは教えましたが」
「そういえばカード、持ってたよね」
「あぁ、さすがにあれは持たせた。後で代金を要求されるとかなわんからな」
弥生の金への執着心と常識のなさ、そして彼ら苦労が垣間見える会話だ。
「じゃぁ今度弥生を買い物に連れてってみよ。おもしろいかもしれないし。誘ってみよっかな」
勇輝は四枚の諭吉財布に入れ、ズボンのポケットにねじ込んだ。
「そうだな、ひとまず弥生をあそこから出すべきだ」
「もう俺はいかねぇ、てかいけねぇよ。次いったら死ぬ」
そもそも秀斗に絶対守護の能力がなければとっくに死んでいただろう。
「じゃぁ、俺行ってみよ」
勇輝のちょっとコンビニ行ってくるわ、ぐらいの軽い発言に、彼らはぎょっとした。
「止めて、勇輝君が死んじゃう」
「そうです。こういうのは秀斗君に任せておけばいいのです」
「おーい、なんかそれ、俺は死んでもいいみたいに聞こえんだけど」
秀斗が半眼で訴えるが、女の子二人はさらりと聞き流す。
「だが、弥生も勇輝相手なら多少手加減をするのでは?」
「……どうでしょうか」
「ま、やってみてダメだったら錬魔助けてね」
勇輝は頑張る、と親指を立てた。無駄に決めポーズである。
「これでだめだったら、次は錬魔君ね」
癒慰のその言葉が承諾となった。
弥生を引っ張りだすぞ作戦の決行である。
五月に入りましたね。滑り込みアウト。
神名の裏話
主人公の名前、最初のネタ帳によりますと春日雄輝でございました。
勇輝だと勇気と混ざるからなぁ、と思ってた気がする。
しかし、パソコンでカタカタ打っていて気づく。
あれ? なんかこいつの名前、勇輝になってんだけど。
それも初登場シーンからすべて勇輝。どれだけ適当に打ったんだろう。
そこそこ打ってしまったので、もういいや勇輝で……となりました。
勇輝 「マジで? 俺そんな由来があったの?」
私もびっくりだよ。
さて、いまさらだが、この話前に書いてませんよね。
もし見たよ、って方がいたら教えてください。裏話もそこそこやってるので覚えていない。
では、次回『雲がくれにし夜半の月かな』で。




