第3章の5 語るは闇に葬りしこと
場所は如月のホール。五人がテーブルを囲んでソファーに座っていた。二人掛けのソファーには勇輝と錬魔、その向かいに癒慰と零華。
一人掛けには秀斗が座っていた。
朝だというのにいつもの和やかな雰囲気は無い。みな表情は硬く、秀斗へと視線を投げかけていた。
昨晩。阿修羅は秀斗たち四人を金縛りにあわせた後、ずっと屋敷を見ていた。彼らに注意を向けることもなく、彼は屋敷を透視するかのようにじっと見ていた。
そして数分が経ち、阿修羅が視線を屋敷から外すと、次の瞬間には闇に包まれた血まみれの女が彼の隣に現れたのだ。
「鎖羅。例のものは?」
阿修羅は現れるのを知っていたかのように、自然にその女、鎖羅に問うた。
鎖羅は硬直した四人を一瞥すると、阿修羅へ視線を向け、手のうちにあるものを渡した。
「指令はクリアした」
「ならばいい」
阿修羅はその玉を受け取り、自分のポケットに入れた。鎖羅はその視線を秀斗へ向ける。
「秀斗。あれは修羅に堕ちた。覚悟をしておけ」
冷たい声色でそれだけ言うと、鎖羅は現れた時と同様に闇とともにかき消えた。
阿修羅は性急だなと呟き、彼らの金縛りを解いた。瞳は元の灰色に戻り、彼の周りに闇が立ち込める。
「阿修羅!」
秀斗が大きく一歩を踏み出したが、次の足は出なかった。それは後ろで攻撃態勢に移った三人も同じ。
「動くな。お前たちを殺してしまう」
面倒くさそうな口ぶりだが、それが嘘ではないことが彼を取り巻く闇から分かる。
その闇では何かが蠢いていた。金色に光る目がいくつも浮かび、闇がざわざわと動く。
すぐに闇が完全に阿修羅を隠し、彼は姿を消した。残ったのは倒れ伏す警察官と、静寂だけ。
そして屋敷へと乗り込んだ四人は、廊下を歩いている勇輝と合流した。彼自身は鎖羅と接触しなかったと聞いて安堵し、如月へと帰ったのである。
秀斗が弥生の部屋へと突撃を試みたが、殺気を放たれ脱兎のごとく逃げかえった。
そして謎の男女との遭遇から一夜が経ち、彼らは誰が呼びかけることもなくホールに集まった。ただ一人、弥生を除いて……。
四人は秀斗へと視線を注ぐ。現時点で事情を知っているのは彼だけだ。だが、秀斗は先ほどから一言も発さず、空を見つめていた。
時々視線が揺らぎ、瞳は複雑な色合いを見せる。
しばらく沈黙が続き、しびれを切らした錬魔が苦い顔で訊いた。
「あの黒づくめは、黒騎だな?」
語尾は疑問形だが、響きは確信を持っていた。
錬魔にとって黒騎は冷戦の折りの敵であり、戦場でその黒づくめの服をよく見たのだ。
「あぁ……」
秀斗の肯定に、女の子二人が驚いた表情を浮かべる。
「彼らが、あの黒騎なのですか?」
「私初めて見た」
二人は今までに出会ったことが無いらしい。
勇輝は、少し疎外感を覚えながら、錬魔の話の中で黒騎について聞いたことを思い出していた。
勇輝が知っていることは、龍牙隊の敵だったということだけだ。
そして秀斗は突然頭を下げた。
「……昨日は巻き込んで悪かった。それと、今まで言わなくて、悪ぃ」
秀斗の行動に、場の緊張が少しほぐれる。
勇輝は突然の謝罪に面を喰らい、他の三人はやっとかと呆れ顔だ。
「あの、俺出ようか? その、ずっと前から仲間のみんなも知らなかったようなことを、俺も聞くなんてのは」
「いいんだ。話を聞いてくれ。勇輝も如月の仲間だからな」
秀斗は太ももの上で指をからませ合った。声がいつものより固く、低い。
秀斗と弥生が黒騎に身を寄せていたことは、出会った時に聞いていた。だが詳しいことは何一つ言わなかったのだ。
「……あいつらのことを言わなかったのは、弥生が望んでいなかったから。それと誤解を恐れずに言えば、黒騎を売りたくなかったからだ」
三人の眉がぴくりと動いた。その言葉は旧敵であった龍牙隊にすれば、二心を抱いていると取られかねない。
「それってどういう意味?」
勇輝の問いに、秀斗は悲しそうに笑った。
記憶の蓋を、少しずつ開けていく。
「……勇輝。俺と弥生は最初からこの龍牙隊にいたわけじゃねぇ。俺たちは、黒騎にいた……」
「黒騎って、冷戦の時の?」
秀斗が軽く目を見張り、錬魔と視線を交わして納得した。
「知ってたんだな……俺たちはこっちの世界に来て……あの二人に拾われたんだ」
勇輝は、彼らはこちらの世界に来た時から一緒にいるのだと思っていた。秀斗の表情を見ながら、黙って続きを待つ。
「二人というのは、阿修羅に鎖羅のことですね」
零華は圧倒的な覇動を持った二人を脳裏に描く。力の強さではなく、本質的な強さを感じた。自分の中の血が恐れていたのだ、彼らの血を……。
「あぁ。俺たちはあの二人に連れられて、黒騎に入った」
弥生と秀斗はまだ十歳にもなっていない子どもの姿だった。人間より長い年月を生きていても、力も知恵も子ども並みだった。
そんな二人を彼らが保護したのである。
「それで二人と一緒に暮らし始めた。本部からは離れた異空間で、黒騎の仲間数名が同じ屋敷にいた……」
秀斗の顔に時々優しい表情が紛れる。楽しい日々もあったのだ。
「阿修羅はどういった人なの?」
癒慰が秀斗を気遣いながらも尋ねる。あの会話から、秀斗と阿修羅はずいぶん親しかったように見えた。
「いい人だった」
短い秀斗の答えに、癒慰は再度尋ねようとして押しとどまった。秀斗の顔から表情が抜け落ちていたからだ。秀斗が無表情になることは少ない。そうなる時は、何かを決意した時だった。
(言えないんだ……)
十年以上ともにいる仲間にも言えないこと。彼らに対する気遣いもあるのかもしれないが、秀斗は彼について話すつもりはないという意志だ。
「鎖羅は?」
癒慰はもう一人の黒騎について尋ねた。
「……鎖羅は、弥生の剣の師で、姉と慕っていた人だ」
鎖羅と弥生の関係に、四人は息を飲んだ。
「でも弥生は、師匠はいないって……」
勇輝は真剣稽古を頼んだ時のことを思い出して言った。あの時の弥生も、冷たさと憎しみをうっすら纏っていた。
「それも正しい、今弥生は鎖羅に教わった剣術は使ってねぇしな。弥生は出会ったころから剣を使っていた。そこに鎖羅が自分の剣術を教えたんだ」
「彼女は強いのですか?」
零華の問いに秀斗は静かに頷く。
「鎖羅の殺しは、生きるための殺しじゃねぇ。暗殺すりゃ死体は残らず、残るのはたった一つの首。その一つが敵を恐怖に陥れる。そしてサシで弥生は勝ったことがない」
勇輝は鎖羅が弥生の命に迫った瞬間を見ていた。本当に、殺されたと思ったのだ。体が自由ならば、跳び出していた。叫び声も上がらなかったのだ。
勇輝は唇を強く噛みしめる。彼はあの覇動に竦められて動くことが出来なかった。ただ見ていることしか出来なかった……。
「なぜ、弥生はあんなに鎖羅を憎んでいる」
錬魔がずっと閉じていた口を開いた。弥生は部屋に閉じこもり、誰とも会っていない。
だが、錬魔には弥生の覇動が何時になく濁っていることに気づいていた。眼を開けば視える銀色の覇動。そこに黒色が墨で線を引いたように薄く滲んでいる。
よくない兆候だった。
「……それは、俺もよく知らねぇんだ。俺が着いた時には、全て終わった後だった」
秀斗は一度区切り、一息ついてから終わりの日のことを話し始めた。
「俺が見たのは、転がる黒騎の人たちと赤く染まった床。そして返り血を浴び、傷を受けた弥生が剣を鎖羅に向けている。そして鎖羅は薄く笑っていた」
人々が争う声、剣戟の音。それに胸騒ぎを覚えて広間に行った秀斗が見たのは、慕い合う二人が対峙している姿だった。
剣を向ける弥生は満身創痍。鎖羅は剣も持たずに悠然と弥生を見下ろしていた。
秀斗が聞き取れたのは最後の一言。
「去れ……って言われた。今まで、あんな冷たい鎖羅は見たことがなかった……それで、俺たちは黒騎を出たんだ」
誰にも別れを告げられずに、二人は異空間の道を開いた。そして、満月の度に空間を渡ることを繰り返したのだ。
「そんでずいぶん経って、この空間に辿りついて龍牙隊に入ったんだ。ま、ざっとこんなもんだ」
そう締めくくると秀斗はにっと笑った。
四人はかけるべき言葉を見つけられなかった。弥生の憎しみの深さ、そして秀斗の辛さが繋がり始めた。
「秀斗くんは、黒騎が好きだったの?」
癒慰は優しくそう訊いた。龍牙隊の秀斗が答えやすいように、そっと。
「……黒騎がってより、あの二人が好きだった」
「闇……なのに?」
癒慰の表情は、気づかわし気で優しい笑みを浮かべていたが、瞳にはかすかに恐怖が潜んでいる。
「あぁ」
「秀斗君。申し訳ありませんが、二人の戦闘データを教えてくれませんか?」
感情抑えた声で零華が問う。二人の強さを訊くということは、二人を敵と見なすということになる。実際、闘う可能性もある。
秀斗はしばしためらったが、大きく頷いた。
「もう分かってるだろうけど、二人は闇の魔術師だ。阿修羅……は、魔獣を操る。あの目で魔獣と契約し、人に対しては精神を支配できる」
「だから金縛りにあったのですね」
零華はくやしそうに眉をひそめる。
錬魔も苦渋の色を濃くした。
(黒騎の、それもかなりの使い手だった。もしかするとあいつらもあの戦争に……)
かつての旧敵、黒騎には仲間を多く殺された。恨みを持っていたこともあり、二人がこの屋敷へと来た当時はよく衝突をしていた。
黒騎を恨む気持ちが薄くなった今でも、複雑な思いになる。
「鎖羅……は、召喚型の剣を使う。魔術はあまり使わねぇな」
「二人とも、黒騎の方では強い方なの?」
「いや……本人たちは左遷されたって言ってた。実際、指令……任務は少なかったし、あの戦争も後方支援だった。本部ともあまりつながりが無くて、そんなもんだから俺はボスにあったことすらねぇ」
黒騎の全貌が明らかにされたことはない。組織の編成も、その統率者も謎に包まれていた。だが左遷の屋敷にも届く話はあった。
「ただ、黒騎には一つ有名な話があったな」
秀斗は表情から悲しみを拭いとって、懐かしさに目を細めた。悲しい話では無い、ただの昔話。
「細けぇとこは忘れたけど、黒騎には幹部が四人いる。アフラン、レガーシア、ロビナシア、サクリス。四人が揃う時、覇が世界を支配するってな」
最後に秀斗はおどけてみせるが、彼らはその意味を真剣な顔で考えていた。
「その四人が、黒騎の実質的な戦力なのですね」
「外人?」
勇輝はボスやらキラキラした名前にイメージは海外マフィアである。
「支配するということも気になるな」
ちょっとしたなぞなぞを出した気分で、秀斗は考える彼らの顔を見ていた。
「それで、今何人いるの?」
癒慰がはたと気付いたように訊いた。
「……さぁ?」
秀斗は両手を顔の高さまで上げて、知らねとおどけた。ただすっとぼけたのでなく、事実知らないのだ。
「その存在含めて伝説なんだよ」
秀斗はいつもの声の調子に戻っていた。表情もいつもの明るさが見え始めた。
過去話は終わりということなのだろう。
「話してくれてありがとうございました」
零華は美しいお辞儀をして、秀斗に礼を述べる。彼女自身は黒騎と繋がりを持つことはなかった。だが、闇を目の前にして、己の血は敵だと訴えた。それが例え仲間の知人であっても……。
(私は、おそらく彼らと闘うことになってもためらわないでしょう。しかし、それをなるべく回避するのが、二人にしてあげられることですね)
零華は今日初めて微笑を浮かべた。
「……弥生は、鎖羅と闘おうとするのかな」
勇輝は、弥生の憎しみを直に見た。激しい感情が迸り、重くのしかかる覇動に割り込んだ、胸の内に鉛を流し込むような弥生の覇動。
灰色の髪も、震える剣も、全て憎しみに支配されていた。
「……いつかは、こうなると分かってたのによ」
「止められるよな」
勇輝は真正面から秀斗の目を見た。
(いくら憎くても、因縁があっても……殺しあいなんてごめんだ)
だが秀斗は、勇輝の問いに曖昧に笑っただけだった……。
二人の過去その一暴露。
秀斗が話したくないとだだをこねて大変でした。全く話が進まない。
かつての仲間とそれを憎む愛しい弥生の間にいる秀斗。彼もけっこう苦労人ですね。
次回は、回想です。
量がスリムになるかもしれません。がんばってストックをためていきたいです……。
では、次回!




